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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
座右の銘 臨機応変

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マイクロリベンジ

18/04/02 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:314

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 わたしは夫をゆるさない。
 
 夫婦の間でこんな裏切りがあっていいのだろうか。たった一言がふたりの愛にひびを入れてしまうこと、夫はわかっているのだろうか。
 無意識のことだったんだと言われれば「そうか」とうなずいて許してしまいそうな自分がいる。やっぱりわたしは夫を愛しているし、本当は許したい。
 けれど黒く揺らいだ感情はわたしに「復讐」の二文字を突きつけてきた。
 そうだ、復讐だ。

「うわっ! ちょ……っ、なんでもうこんな時間!? ヤバい!」
 ねえ、オレそんなにトイレ長かった? と青くなる夫に「ほらほら急いで」と薄く笑ってわたしはお弁当を押しつけた。
 夫は「サ、サンキュ!」とお弁当を抱え、つんのめるように革靴を履くと「行ってきます」もそこそこに玄関を飛び出していった。
 出勤前の忙しい時間。わたしは夫がトイレに入った隙に、居間の壁時計と、テーブルの上に載せたままの彼の腕時計をそろって十分すすめておいた。テレビをさりげなく消しておくことも忘れない。
 いつもの電車に間に合うかどうかギリギリの時間となり彼は駅まで走ることになる。駅につけば本当の時間がわかってしまうが、一日の始まりに肝が冷えることで相当消耗するだろう。
 昼は昼で、もうひとつ復讐が発動する。
 お弁当だ。
 いつもの二段弁当。下の段にはごはんを敷き、上には彩りと栄養のバランスを考えたおかずを詰める。ときに冷凍食品に頼るが、なるべく工夫をしているつもりだ。
 その二段弁当だが、今日は上下どちらにもごはんをつめておいた。白米をおかずに白米を食べていただく。
 最後の復讐は夫が毎日持ち歩く文庫本だ。読書を趣味としている彼は、昼休みや帰りの電車の中で大好きなミステリを読む。今読んでいるのは、わたしが貸した密室ものである。

「ただいま」
 いつもより数段低い声が廊下を這うように響いた。荒い足音がまっすぐリビングに入ってくる。
「おかえりなさい」
「……ちょっと話があるんだけど」
 夫は重いため息をつき、わたしのほうを見ながらネクタイを緩めた。
「あのさ、オレなんかした? 時計は十分もすすめてあるし、弁当はごはんしか入ってないし……あと、本にアレ書いたのもユウカだろ? アレはちょっとひどいぞ」
 うすく怒気をまとわせた夫の言葉に、さすがにわたしは目を逸らした。
 今日、夫が読むであろうミステリの新章のページ扉に登場人物の名前を書いておいたのだ。「この人が犯人」という添え書きとともに。
「なあユウカ、なに怒ってんの?」
「……心当たりないわけ?」
「ないから訊いてる」
 わたしはゆっくりと息を吸った。
「ゆうべ、寝言でほかの女の人の名前呼んだ。サユリちゃん可愛いね大事にするからね、って言った。サユリって誰よ! 浮気者!」
「えええええええええ!?」
 泣きたくないのに目が熱くなってくる。
 彼の裏切りが悲しくて悔しくて、でもやっぱり好きで、もう気もちはぐちゃぐちゃだ。
 焦りながらも何かを考えるふうに視線を動かしていた夫は、「あっ!」と叫んだ。そしてポンと手を打つ。
「サボテンだよ! 昨日部長が家から持って来て休憩室に置いたんだ。サユリって名前がついてて、サボテンは声かけて褒めたりするのがいいからみんなで話しかけろって。きっとそれだ!」
 なんだそれ、と思う。でも小鼻がぴくぴくしないから、たぶん本当のことを言ってる。
 なによなによ。じゃあわたしがひとりで空回りしてただけってこと? 
 一連のわたしの復讐を聞いた夫は大笑いした。
「すっげえちっちゃい復讐だな。いや、効果はめちゃくちゃあったけど……あ、本に犯人書くのだけはホントやめて。アレはまじめに凹む」
「ごめんなさい」
「あーあー、もうばかだなあ。寝言で勘違いして変な復讐かんがえて……おもしろすぎだろ」
 ああ恥ずかしい。いっそ怒ってくれたほうがましなのに、夫は「かわいいかわいい」とやたら頭を撫でてくる。
「それだけオレが好きってことだもんなー?」
 言われて顔が火を噴いたように熱くなった。

 こんな……こんな気もちにさせて……。
 わたしは一生夫をゆるさない。
 ゆるさないために、一生、そばにいるつもりだ。


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このストーリーに関するコメント

18/05/16 光石七

拝読しました。
何とも微笑ましい復讐に微笑ましいオチ。
ごちそうさまです♪
このまま仲の良い夫婦でいてほしいですね。
楽しませていただきました!

18/08/27 宮下 倖

【光石七さま】
ちっちゃくてくだらない「マイクロリベンジ」を考えるのが楽しかったです。「復讐」のテーマでライトな作品を、と考えて書いたので「微笑ましい」との感想でとても嬉しいです。
読んでいただき、またコメントもくださりありがとうございました!

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