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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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月曜日の凶行

18/03/30 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:422

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 よく晴れた春の日だった。月曜日の朝。駅前の大通りで、突然若い男が刃物を振り回して通行人らを次々と刺した。六人が死亡し、十三人が重軽傷を負った。犯人はその場で自ら命を絶った。一年が経った現在でも、犯行の動機は解明されていない。
 あの事件で妹を失った俺は、命日である今日を最後に、被害者遺族の会に顔を出すことは止めようと思っている。悲しみを共有する家族が俺にはひとりもいない。それが他の遺族たちと大きく違う点だった。
 二十歳の時に両親が事故で亡くなって、当時まだ小学生だった妹の実香と二人きりになった。働きながら妹の面倒を見た。実香が殺された瞬間、俺の生きる気力は消えてしまった。仕事を辞め自宅に引きこもり、毎日をただぼんやりと過ごしている。
 気だるい倦怠感が常にある。泥のように重い体を引きずって、なんとか妹の墓参りを済ませた。両親と妹が眠る場所に来ると、自分が一人きりであることを強く意識する。実香はまだ十七歳だった。どうして妹は殺されなければならなかったのか。毎日、強い憤りと喪失感に苛まれている。

 ふと気が付くと、俺は道路にうつ伏せになっていた。大勢の人間に抑えつけられている。沢山の人が行き交う駅のロータリー。赤いものがべったりと付いたナイフを握っている。女の悲鳴や、泣き叫ぶ子供の声が聞こえる。何が何だか解らない。身動きが取れないまま、俺はただ茫然としていた。
「貴方の中には、貴方の知らない貴方がいます」 
 耳障りの良い声だ。この女の声を初めて聞いた時も、そう思って俺は少しだけ安心できた。警察での取り調べは長く苦しものだった。警察署から別の施設に移送されて、俺は毎日、白く無機質な部屋でこの女と話をしている。
「解離性同一性障害、というのを貴方は聞いたことがありますか」
 どうやら、俺はこの手で人を殺めてしまったらしい。見ず知らずの人間を三人、サバイバルナイフで刺して殺したのだと、そう言われても俺は、自分のやった事を何も覚えていない。全く身に覚えがないのだ。
「多重人格というやつなら、わかります」
「かつては、そう呼ばれていましたね。別の人格……交代人格といいますが、それは貴方と全く別の人間ということではありません。貴方という人間の一部に過ぎないのです」
 俺の中にいる交代人格はひとりらしい。男性で、年も同じくらい。けれど性格は真逆だという。長い時間をかけて、俺には治療が施されることになった。
 俺は、自分の罪をどう償えばいいのだろう。妹を殺した男と同じになってしまった。白昼の通り魔。自分は死刑でいいと思っている。人を殺した人格が俺の一部だというなら、覚えていなくてもそれは俺の罪だ。自分が死んでも悲しむ人はいない。そのことが、今は救いだった。

 気が遠くなるくらいに長い年月が経った。鏡で見る自分の顔は中年のそれだ。髪には白いものが混じっている。俺は今日、事件を起こして以来初めて、半日だけ外の世界に出ることを許された。数人の監視役に付き添われて、裏口の小さな扉をくぐり、赤茶けた門から敷地の外へ出る。ずいぶん着込んだつもりだったがそれでも寒い。月曜日の朝。霙まじりの雪が降っている。
 そういえば、俺が罪を犯した日も月曜日だった。妹が死んだのも月曜日だったと、そう思い出した瞬間に、視界の端にひとりの男を捉えた。男の顔は青白く、頬はこけている。ぎょろりとした瞳でこちらを見ている。俺の監視役に気づかれると、男は大声で喚きながら手に持ったナイフを振り回した。
 この男は、俺が殺してしまった人の遺族で、俺に復讐をするためにここにいるのかもしれない。もしくは、事件とは何の関係もなくて、ただ誰でもいいから傷つけたいのかもしれなかった。どちらでも俺は構わない。終わりにできるなら、もうそれでよかった。

 俺が復讐したかったのは、この世の全てに対してだった。両親が死んで、妹の実香も殺された。どうして自分だけが孤独に生きていかなければならないのか。悲しみは、いつしか歪んだものに変わっていった。
 交代人格は、俺に必要だから生まれたのだと、そんな風なことをいつかだったかあの女は言っていた。アイツは、俺に代わって手を汚したに過ぎないのだ。そのことに気づいたとき、俺はアイツと共にこの世から消えてなくなるべきだと思った。罪は償わなければならない。
 何人もの監視役の手をかいくぐり、男がこちらに近づいてくる。俺は一歩も動かなかった。向かってくる男を、ただ真っすぐに見据えていた。大きく息を吸う。肺の中に冷たい空気が流れ込んでくる。男は何か叫んでいる。けれど、それは到底聞き取れるものではなかった。
 ナイフを持つ手が振り上げられる。男が腕を振り下ろす寸前、俺は目を閉じた。吸い込んだ息を吐く。良かった。これでやっとケリがつく。



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