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松本エムザさん

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将来の夢
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お赤飯炊きましょ

18/03/27 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 松本エムザ 閲覧数:345

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「あたしコレ食べられないよ。言わなかったっけ?」
 あれは私が小学校を卒業した日の夜の事だ。母がお祝いだよと炊いてくれた『お赤飯』を一瞥すると、祖母は忌々しげにそう言い放った。
「あら、そうでしたっけ? お義母さん」
「そうだよ。まったく、あたしの言うことなんて、右から左に流してるんだろ?あーあ、虐待だ虐待」
 しっしとまるで野良犬を追い払うように、祖母はお赤飯を視線から遠ざけようとする。
「ごめんなさいねぇ」
 母は反論するわけでもなく、いつものように薄く笑うと、お赤飯を祖母の前から下げ台所へと運んだ。
 数年前から、歳を取り独り暮らしが難しくなった父方の祖母が、我が家に同居するようになった。最初のうちは、みんな仲良くやれていた、と思う。けれども、父が単身赴任で東南アジアへ渡ってしまってからは、女だけとなった我が家は、段々とギクシャクとしていった。
 祖母は私の前では、母の事を『あの女』と呼んだ。祖母にしてみれば、母は『大事な息子を奪った憎い女』なのだそうだ。
 子供心にも、祖母の母に対する『いじめ』はあまりにもひどく思えた。事あるごとに心ない言葉を投げつけ、罵る。まるでおとぎ話で読んだ、意地悪な継母のように。
 哀れに思い、私が母を庇えば、
「どうせ私は邪魔者よ!」
と祖母は爆発し、その細い身体のどこにそんな力があるのかというほどに、辺りの物を投げまくり壊しまくって、
「殺せっ! いっそ殺しておくれよぉ」
と、大袈裟に泣き崩れるものだから、私も母も黙ってやり過ごすしかないのが常だった。
 いつか私も誰かの妻となり義理の母が出来たとしたら、こんな風に恨まれながら毎日を過ごすのだろうか。そんな暗い未来を想像させる祖母との暮らしは、私にとっても息苦しい日々だった。
 私が小学校を卒業する頃、祖母は体調を崩し、床に伏せっている時間が殆どだったのだが、そんな病床の身であるのにもかかわらず、母に向かって吐き捨てる暴言の数々は相変わらずであった。

「蕎麦でも茹でとくれ」
 祖母に命じられた母は、お赤飯の代わりの夕食を作り直し始めた。怒りも嘆きも感じられない、静かな母の後ろ姿を冷めた目で眺めながら、祖母は暗い声でぼそぼそと話し始めた。
「あたしの生まれた村にはね、祈祷師の一族がいたんだよ。まじないの力は優秀で、病気の時や日照りや水害なんかの災害ん時には、沢山の村のもんが頼りにしていた。不思議な力を使ってな、あれこれ解決してしまうんだ。けどな、奴等はたちの悪い呪術も操つってな、気に食わない奴や邪魔なモンにこっそり呪いをかけて殺したりもしていたんだよ。誰も奴等を恐れて、それを咎めようとする者はいなかったけどな。奴等はな、誰かに数日間に渡って呪いをかけて、それがいよいよ成し遂げられる前夜には必ず『赤飯』を炊いたんだ。そしてそれを近所に配って回ったんだ。なんでかなぁ。自分達の力を誇示する為だったんだろうかなぁ。村中に赤飯が配られると、必ず翌日どこかで死人が出た。隣村の奴だった事もあったし、村の偉い領主だった事もあった。『お祝いだ』なんて言われて赤飯をもらう度に、皆今度は誰が呪いを掛けられたのか、怯えて夜を過ごしたもんだよ。だからね、あたしゃ赤飯を見ると震えが止まらないんだよ。ましてや食べるだなんてとんでもない。あたしは十五で村を出たけど、奴等はどうしているのかねぇ」
 そう言って、くわばらくわばらと呟きながら手を合わせる祖母を、何の感情も持てずに横目で見ながら、私はお赤飯を喜んで食べた。絶妙な塩加減だった。
 翌朝、祖母は死んだ。駆けつけた医者からは心臓発作だと言われたけれど、よほど辛かったのか、顔は苦痛にひどく歪み、首から胸にかけては、掻きむしった爪跡で血だらけで、その爪先には肉片がこびりつき、祖母の指先を紅く染めていた。
 祖母の死に顔を見て、直感的に(ああ、地獄に堕ちたんだな)と思った。哀しみは全く沸かなかった。
 父もすぐさま帰国し、バタバタとお通夜とお葬式が進められていった。
 火葬場の煙突から、やけにどす黒い煙が上がっていくのを見つめながら、母が独り言のように呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。
「おばあちゃんも、━━ 村の人間だったのねぇ」
 母は穏やかに微笑んで、私に向かってこう言った。
「困った時は言いなさい。いつでも『お赤飯』炊いてあげる」

 中学に入り、酷いイジメにあった。
 母は『お赤飯』を炊いてくれた。
 いじめていた女は死んだ。
 大学入試の際、志望校は補欠合格だった。
 母は『お赤飯』を炊いてくれた。
 無事入学する事ができた。
 社会人になり、好きな人ができた。
 生涯をともにしたいと思える、魅力的な男性だ。でも彼には婚約者が……。

 ねぇお母さん、そろそろ私にも『お赤飯』の炊き方、教えてちょうだいな。


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