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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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赤いべべきた

18/03/12 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:315

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 夕日に映える海面に、三夫はひとり釣り糸を垂れていた。
 なにかが水面下でうごめいた。魚にしては大きすぎた。三夫が岩場から身をのりだすと、波打つ海面から、とび色の髪の女性が顔をつきだした。
「おどろかしちゃったかしら」
「ここは水泳禁止区域ですよ。これまでこの辺りで、何人もおぼれ死んでいるから」
「あたしは、人魚なの」
 人魚なら溺れ死ぬ心配はないかと、のんきに考えた三夫は、はっと気づいて、ようやくぎょっと目をみはった。
 彼女は顔のまえに尾ひれをつきだすと、扇状のひれをSの字にゆっくり動かした。
「なんてきれいなんだ」
 三夫は素直に感動をあらわした。こんな彼女と結婚できたらどんなに素晴らしいだろう。
「いっしょになりましょう」
 人魚には彼の心のなかをのぞきみる能力があるようだった。
「ぼくまだ高校生ですよ」
「十年後には、りっぱな男性に成長しているわ」
 人魚の掟で十年の間はいっしょになれないが、その年月がすぎれば二人はめでたくむすばれるという念波を彼はうけとった。
「そのあいだマーメラ――その名も彼女が念波で伝えた――は、海でまっているのかい」
「いつもあなたのそばよ」
「え、だって」
「あなたの家に、手ごろな水槽があるでしょ」
 いわれるままに三夫が家からその小さな水槽をもってくると、人魚は水しぶきをあげながら海からとびだしてくるなり、水槽のなかに海水とともにはいりこんだ。
 海水にみたされた水槽内には一尾の、はなやかな色彩の魚がおよいでいた。十年間を待つには、魚の姿にならなければならないというマーメラのメッセージが水槽をみつめる彼の頭にとどいたのはその直後のことだった。
 三夫は家にもちかえった水槽を、自分の机の上においた。まるで貴婦人のまとうドレスのような軽やかで幅広の鰭を翻してマーメラは、男の根源的な情感をこよなく刺激するように水のなかを舞った。
 いつもそばにマーメラがいるというだけで三夫は、これまでの孤独からすくわれるおもいだった。二人がいっしょになるときには彼女は、魚からこんどは人間に変身するのにちがいない。そのときがくるまで、辛抱してまつぞと、意気込みもあらたに決心する三夫だった。    
 水槽内はいつまでも澄んできれいだった。それに彼女はなにもたべなかった。これまで知らなかった人魚の不思議な生態についてもこれからいろいろ学んでいかなければならなかった。
 五年がすぎた。その間に両親が相次いで他界した。学校を卒業後、近所の会社に就職した三夫は、いまも家にマーメラとすんでいた。マーメラの彼にたいする愛は五年後のいまもひとつもかわっていないどころか、ますますつよいものになっていた。
 三夫のほうは、会社勤めにも慣れてきて、なかなかのイケメンということもあって同僚の女の子からもよくもてた。若く活き活きした女の子たちが、なにかと理由をつけてちかよってきては、愛嬌たっぷりに笑みをふりまくのに平気でいられる男がいるだろうか。家にひとりですんでいることは先刻承知している女性社員たちだった。ある日そのなかのひとりが、仕事を終えたあとに、夕食でもどうと居酒屋にさそった。店からのかえりぎわに、ねえいいでしょうと彼の手をとりいっしょに家までやってきた。
「まあ、ちらかってるのね。わたし、お掃除してあげる」
 たのみもしないのに、はき掃除からふきそうじをこまめにやりとげ、一汗かいたところで彼といっしょに冷えたビールをのみかわした。二人がふとしたはずみに目をみかわし、たがいにだきよせあって唇をかさねあうまで、そんなに手間取ることはなかった。
「なんだか、こわい」
 彼女が机のうえの水槽からこちらをにらみつけている魚をみて、みぶるいした。
「なんでもないよ」
 三夫はバスタオルですっぽり水槽をおおった。
 それからも三夫の家に、何人もの女性がやってきた。なかにはそのまま住み着いたものもいたが、いつのまにか立ち去っては、いれかわるようにべつの女がやってきた。水槽の中の魚のことは、いつしか彼のあたまからわすれられていた。
 たちまちのうちにまた五年がすぎさった。そのとき三夫には同棲している女がいた。
 同棲相手がよほど無精者だったせいで、例のバスタオルも水槽も、同じ場所に置いたままになっていた。そのバスタオルが突然、水槽からふきあげる水とともに宙にまいあがった。
 びっくりしたあまりうしろにひっくりかえった女が体をもどしたときには、三夫の姿はどこにもなかった。
 すみきった水槽のなかに、二尾の魚がおよいでいるのがみえた。マメーラが人間になるのでなく、三夫が魚になるのが人魚の掟だということをはじめたしった三夫に、十年間待ち続けてたっぷり膨らんだ腹をすりよせてきた彼女が、はやくと彼に、体外受精をうながした。

 

 







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