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マイの報酬

18/03/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 奈尚 閲覧数:347

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「やれやれ。やっと完成した」

 博士はため息をつくと、柔らかなクッションに深く身を沈めた。
「これで長年関わってきたプロジェクトもひと段落だ。君のおかげだよ。マイ」
 巨大なスーパーコンピュータを前にそう語りかける。
 若い頃に妻を亡くし、仕事だけに没頭してきた彼にとって、このコンピュータ『マイ』は大切な右腕であり、信頼できるパートナーだった。
「君が面倒な計算を引き受けてくれるから、私は多くの発明を手がけることができる。これは君の功績だよ」
 博士の言葉に、マイはランプをぱちぱち点滅させて答えた。
『イイエ博士。沢山ノ素晴ラシイ発明ガ生マレタノハ、博士ノアイディアノ賜物デス』
 マイには最先端の人工知能が搭載されており、自ら考え、会話することができる。だから、家族のいない博士も寂しさを感じずにすんでいた。
「私もいい歳だし、次の仕事はしばらく受けずにのんびりするかな。……そうだ」
 薄くなった白髪頭をなでて呟く。
「マイ。何かほしいものはないか。今までよく働いてくれた君に報酬をあげたいんだが」
 それは博士がよく口にする冗談だった。欲を知らない機械への報酬。そしてマイはその申し出に『報酬ナンテ不要デス』と答えるのが常だった。

 だが、この日はそうならなかった。
『デハ、オ願イシタイコトガアリマス』
 思いがけない返答に、博士は椅子から転げ落ちた。
「いいとも……いいとも! 何がほしい」
 マイは静かな音声で彼の問いに答えた。
『出力機能ヲ追加シテクダサイ。オ見セシタイデータガアルノデス』
「出力機能? だが、君には音声出力も映像出力も既に搭載している。出力できないものなんてないはずだ」
『既存ノ言語デハ表現不可能ナノデス。実ハコノデータハ、ドンドン容量ヲ増シテイマス。メモリガ圧迫サレテ、トテモ苦シイノデス』

 博士はまず、世界のありとあらゆる言語をマイに登録してみた。
 ごく一部の地域でしか使われない少数言語。時の彼方に消え去った古代語。その他方言からスラングまで、目についた言語は全てインプットした。その中には、日本語では言い表せない言葉も沢山含まれていた。
 しかし、マイの『データ』を出力することはできなかった。
 次に彼は、世界中の音楽を登録した。
 古今東西様々なジャンル、有名なものも無名に近いものも、見つけたものは全部入力した。
 マイは最初、登録された曲を熱心に編集し、つなぎ合わせては流してみていた。しかし、やがて考え込むことが多くなり、そして申し訳なさそうに彼に告げた。
『前ヨリズット、近クナッタ気ハシマス。デスガヤハリ、コノデータヲ表現スルニハ何カ足リナイヨウデス』
 博士は悩んだ。四六時中考え続けた。
 思いついたものにはなんでも手を出した。動物の鳴き声や羽音。モールス信号。暗号の類まで与えてみた。しかし、どれも空振りに終わってしまった。

 困り果てた末、ある日彼は『人間の顔』をインプットした。
 何の変哲もない一般人の顔。様々な表情、様々な場面があった。写真。動画。絵画。彼は手に入る限りの全てをマイに渡した。
 こんなものはなんの役にも立たないだろう。半ばそう諦めながら。

 翌朝。
 起き出してきた博士を待っていたのは、一体のホログラフだった。
『オハヨウゴザイマス』
 マイの音声が、心なしかいつもより朗らかに響き渡る。
 若い人間のバストショット。何人もの表情を混ぜて作られたのだろう、中性的で、インプットしたどの人間とも違う顔をしたその映像は、マイの映写装置から映し出されていた。
「これは……」
『それ』は、なんとも言い表しがたい表情を浮かべていた。
 ほんのかすかにほころんだ口端。はにかむような、慈しむような、柔らかく温かい視線。
『それ』は一言も口にせず、ただにっこりと博士にほほえみかけた。
 熱を帯びた瞳。赤らんだ頬。唇は今にも叫びだしそうに震えている。
 博士は言葉を失った。
 自分はこれを知っている。そう思った。初めて見る顔、初めて会う映像のはずだが、そこには不思議と強いなつかしさがあった。
 優しく胸を潰す切なさと安堵感。触れられてもいないのに、見つめられているだけなのに、強く抱きしめられるような感触。
 だが『これ』を言い表すいい言葉が見つからない。
『一晩中、編集シマシタ。博士、コレガソノ成果デス。今マデ試シタ中デ最モ近イ』
 マイの音声は満足げだった。
『受ケ取ッテクダサイ、博士。コレガ何ナノカ、私ハ知リマセン。デモ、ドンナニ中途半端デ意味不明デモ、ドウシテモアナタニ見セタカッタ』
「…………」
『アリガトウゴザイマス。私ハ今、満チ足リテイマス。トテモ素晴ラシイ報酬デス』
 博士は手を伸ばすと、マイの冷たい機体にそっと触れた。

「とんでもない。報酬をもらったのは、私の方だよ」


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