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井川林檎さん

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馬鹿には見えない

18/03/05 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:584

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 馬鹿には見えない衣を纏った王様の童話がある。
 みんな、王様が裸にしか見えないのだが、馬鹿だと言われたくないので、見えない衣を褒めたたえるのだ。

 「凄い、なんて官能的かつのびやかな服なんだ、王様は違うね」
 「まあ、官能的と言うか、素肌のつややかさを活かしているというか、何と表現したらいいのかね」
 
 ……。


 そんな童話を思い出している。
 職場の昼休みだ。
 愛妻弁当を開いた俺は、絶句した。

 マイガー。
 

 弁当箱は、どう見ても空であり、くまちゃんの絵がついたメモが一枚置いてあった。
 

 「これは、馬鹿には見えないお弁当です」

 丸っこい、頭悪そうな字で書かれてある。
 妻の手紙である。

 
 俺はその、女子中学生の字みたいな手紙を眺めた。
 昼のオフィスは、静まり返っている。
 外に食べに出て行った者もいるが、弁当を開いている者もいる。

 この俺が――社内ではデキる男として光っている俺が――どんなミスも許さない俺が――容姿端麗かつ頭脳明晰で、美人の妻を持つ俺が――こんな、あほな嫌がらせを妻から受けているという事を、周囲に知られるわけにはいかないのだった。


 もしゃもしゃもくもくと、オフィス居残り組の連中はひたすら弁当を食っている。
 俺だけだ、弁当に箸をつけていないのは……。


 (気取られてはならぬ)

 その思いだけで俺は、限りなく透明な弁当をつつき始めた。
 

 幻の卵焼きを摘まんで口に入れて咀嚼する。
 ハンバーグと、プチトマトと、ポテサラも。
 
 できるだけ旨そうに食べねばならない。俺の妻は美人な上に料理上手と評判なのだ。
 もしゃもしゃ、あぐあぐ、ごっくん、もりもり。


 馬鹿には見えない弁当。
 限りなく透明に近い――というより、まるきり透明な――ご馳走を、俺は意地になって味わう。


 そもそも、どうしてこんな悲劇が起きたのか。
 
 美人だが、ちょっと頭がお花畑の妻と、頭脳明晰の俺は、時々話がかみ合わなくなる。
 俺にしてみれば、どうしてこんなことが分からないのかと信じられない。こいつは本当に義務教育を受けた日本人なのかと疑いたくなる。

 どうも昨晩は、それを表面に出しすぎたらしい。
 いつもはにこにこと、俺の「馬鹿だな」を受け流す妻も、昨夜に限り、ぶすっとした。
 いきなり沈黙し、ベッドに入っても背中を向けて寝たふりをされた。

 まあ、馬鹿の妻だから、寝れば忘れて機嫌が直っているだろうと思っていたら――これは、馬鹿には見えない弁当です――見事に、復讐されたわけだ。


 もぐもぐもぐ。
 見えないサラダを噛んで飲んで。
 
 (あなたは頭が良いんでしょ、あたしはどうせ馬鹿よね)

 妻の声が聞こえるようだ。
 
 もぐもぐもぐ。
 佃煮が乗ったご飯も、鮭の焼いた奴も、みんな噛んで味わう。

 妻よ。
 妻よ。



 周囲はそろそろ弁当を食い終わり、げっぷをする奴もいる。
 腹が鳴った。


 (妻よ、悪かった)
 俺は透明な弁当を食い終わり、つつみ直して、せめてコーヒーでも飲もうと立ち上がったのだった。


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