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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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赤い高級スポーツカー

12/12/24 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1902

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バス停前の食堂でメンチカツ定食を食べ終えた島村昭人は、店の主人に680円を支払って店を出た。
12月の青空は澄んでいて、滋賀県の山間にあるこの街は、東京では決して味わうことの出来ない落ち着いた時間を、肌や目、耳を通して感じることができた。
島村はしばし目を瞑り、耳を澄ませた。
遠くの方で、鳥の鳴き声や水の流れる音が聞こえる。
それに、自分の心臓の音までが聞こえてくるかのようだった。
ずっとこのまま目を瞑って、豊かな自然の恩恵がもたらす様々な音を聞いていたい気分だったが、それを遮ったのはこの場所に相応しくない携帯電話の着信音だった。
「はい、島村です」
「もしもし、水野だけど、着いた?」
「あっ、部長お疲れ様です。今、近くまで来ているのですが、徒歩で山道を登って行かなくてはいけないので、到着するまでもう少しかかると思います」
「今日の夕方までには、結果の報告をするようにな」
「はい、了解しました」

車が通れる程の幅がない急な山道を登り始め、20分も経過するとスーツの背中が汗で湿った。
この山道を登るのに、スーツと革靴は不釣合いだと思いながら、ただひたすら山道を登った。
山道を登り始め1時間程経過したあたりで、正面にお寺が見え始めた。
近づくにつれ、木の板に『裕心寺』と書かれた寺院表札も見えた。
木で出来た引き戸を数度ノックし
「ごめん下さい」
中から何の返答もないので、引き戸を勝手に開けて中にもう一度声を掛けた。
「ごめん下さい。あの〜すみません」
「はい!」
しばらくして、げっそり痩せた作務衣を身に纏った初老の男がゆっくりと現れた。
「どちら様でございましょうか?」
「はい、私は東京のツアー企画会社に勤めています島村と申します。こちらのお寺の住職様にお会いしたいのですが」
「私が住職の牧田ですが……」
「これはこれは、お忙しいところ誠に恐れ入ります。ツアー企画の件で住職様にお話させて頂ければと思いまして、こちらに足を運ばせて頂きました」

掛け軸がかけてある和室に通された島村は、座布団の上に正座をして住職を待った。
しばらくして、お盆の上にお茶をのせた住職がやって来て、島村の前のテーブルの上にお茶を静かに置き、お茶を勧めてくれた。
お茶に口をつけた後、住職に顔を向けると、穏やかな目で島村が話を始めるのを正座をして待っていた。
「こちらのお寺は、体験座禅などはやられたりはしているのでしょうか?」
「体験座禅ですか? そのようなことはやっておりません」
「そうですか。ストレス社会の昨今、若者を中心に体験座禅などが大変人気を集めているのはご存知でしょうか?」
「そのような催しがあるのですか?」
「はい。弊社では複数のお寺と協力して、体験座禅や3泊4日のお寺お泊りツアーを企画させて頂いております。毎回応募が殺到する反響ぶりで、是非こちらのお寺でも、住職様のご協力を得まして実現できないかと思いまして」
「私は古い人間ですので、そのようなことには興味がありません」
「そこを何とかご協力頂けないでしょうか? もちろん、金銭はお支払い致します」
難しく考えこむ住職に島村は、ストレス社会で苦しむ若者を救ってやって下さいと頼むと、最後は「分かりました」と住職は首を縦に振ってくれた。

裕心寺の3泊4日のお泊りツアーの広告チラシを出すと、東京・神奈川をはじめとする首都圏に住む若い世代からの応募が殺到して、すぐに定員に達した。
最初はあまり乗り気ではなかった牧田住職は、半年がたった現在では、島村が勤めるツアー企画会社に予約の状況を確かめる電話を頻繁に掛けてくるようになり、時には契約料の賃上げを要求することも度々あった。

夏が近づきかけているとある日曜日の午後、会社が休日の島村昭人は、六本木の横断歩道を横断していると、赤信号で止まっている赤い高級スポーツカーにクラクションを鳴らされた。
訝しがりながらスポーツカーに顔を向けると、窓が開き中から顔に分厚い肉をつけた男が顔をだした。
「島村さん、どうも!」
知らない男に声を掛けられた島村は、横断歩道の途中で立ち止まって、その男が誰だか必死に記憶を思い返していると
「島村さん、私ですよ。裕心寺の住職の牧田ですよ」
横断歩道の青信号が点滅した。
島村は赤い高級スポーツカーを運転する、変わり果てた姿の住職にお辞儀をして横断歩道を走って渡りきった。
横断歩道の信号が赤に変わると、島村の背中側から大きな音をたてて走りたつ車の音が聞こえた。
島村は振り返らなかった。
結局、仏よりもお金の方が人間を救ってくれるのだと、悲しい気持ちで島村は納得した。
まだ走り去ったスポーツカーの大きな音が、遠くから聞こえていた。

終わり


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