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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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結婚の報酬

18/03/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:583

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「娘と結婚してくれたら高層マンションの最上階を買ってやる。それに将来は会社もゆずるつもりだ」
 社長は溺愛する娘のために俺と結婚させようと必死になっていた。愛娘の望みを強引に叶えるために、結婚の報酬まで提示してくるのはいかにも結果重視の社長らしい。
「なに、結婚してしまえば、愛情なんてものは後からついてくるものだよ」
 三ヶ月前、社長は手をさすりながら言ってきたが、結婚した今でもそんな高尚な感情はわいてこなかった。
 相手のことを何も知らずに結婚を承諾してしまう俺も、物欲と未来の社長の座に目がくらんでしまう碌でなしだが、妻も妻だ。父親の力を借りてまでにこんな男と結婚をしたいだなんて得体が知れない。
 妻が極度の人見知りでさみしがりと聞かされてはいたが、言い方を変えれば人間嫌いなくせに孤独が怖いということも言えるだろう。なぜそんな妻が俺にだけ懐くのか。
 俺は覚えてもいないのだが、小学校のとき虐められていた妻を助けたのが当時同じクラスだった俺だというのだ。ぼんやりとそんな記憶がなくもないが、たったそれだけで俺と一緒に暮らしたくなるものなのだろうか。しかも二十年近くも前のことだというのに。
「あなたがパパの会社に入ってきたと聞いたとき運命だって思ったの」
「よくそんな昔のこと覚えていたな」
「あなただけが私を助けてくれたから。いじめっ子を拳骨で殴ってくれたおかげで虐めはなくなったの」
 妻には時間の感覚がないのか、昨日のことのように虐めから守った話をする。
 想定外だったことは、結婚したことによって俺は営業マンとしての仕事を失ったことだ。夫が仕事になってしまった。会社に出社する必要もなくなったが、新しい仕事の対価としての給与は振り込まれるわけだから、仕事をさぼるわけにもいかない。毎日社長には業務報告をしなければならないし、人間嫌いで孤独を怖がる妻のせいで外出もできない生活は息苦しくてたまらなかった。
 何不自由がない生活、豪華な住まい、未来の地位、だが次第に報酬として手に入れたすべてのものが苦痛でしかなくなった。
「仕事を辞めさせてください。マンションも返します」
 俺は妻が風呂に入った隙に社長にテレビ電話をかけた。
「それは娘と別れたいという意味かね」
「はい。申し訳ありません」
「娘のどこが不満だというのかね。優しくて、誰よりもお前のことを必要としてくれているんじゃないのか」
「不満はありません。ただ自由がほしいんです。それに妻のことを愛していないから」
「愛だなんて、まだそんな青臭いことを言ってるのか。いい加減成長してくれよ。とにかくもう一度よく考えろ。社長になりたくはないのか」
 話の途中で社長が電話を切った後、振り返ると妻が濡れた髪の毛をタオルで拭きながら立っていた。
「あなたを愛してる。たとえあなたが私のことを好きじゃなくてもいいの。でもそのせいで苦しんでるのなら、私、別れてもいいから……」
 妻の涙は赤子のように穢れない。声をつまらせ肩をふるわせている。
 なぜだろう、ようやく解放されるというのに喜びの気持ちが湧いてこない。もしかして俺は別れたくないのか。愛していないはずなのに妻を失いたくはないというのか。
「なぜ、あなたが泣いているの」
 妻の指先が俺の頬から涙をすくい取った。気づかないうちに涙が流れ落ちていたのだ。
「ねえ、覚えてる。虐めから私を守ってくれたとき、あなたは一生私のことを守るって約束しながら泣いたのよ。今のように涙を流しながら好きだって言ってくれたの」
 ふいに記憶がよみがえってきた。雨雲のすき間から日が差すように。
 そうだ、俺は好きだった。小学生のときからずっと妻に恋していた。人見知りなくせに精一杯な笑顔を向けてくる妻の顔をいつも眺めていた。虐めから救ったのはその笑顔を守りたかったからなんだ。なぜ忘れていたのだろう。
 親が事業の失敗で破産して金に苦労するうちに、物欲や名誉欲や虚栄心にまみれて淡い想いを汚してしまったのだ。財産や地位なんて所詮他人の物差しでしかないというのに・・・・・・。幸せを支えているものは別のものなんだ。
「なあ、新婚旅行にいかないか」
 妻のほそい指をにぎりながら俺は言った。
「でも私、人に会うのが怖いの」
「なに大丈夫だよ。俺がついている。なにかあったら俺が守ってやるさ。小学生のときのようにな」
 妻は不安そうに、しかしはっきりと頷く。
 俺は即座にテレビ電話を社長にかけた。
「やっぱり仕事を辞めさせてください。でも離婚はしません。妻を愛していますから」
 電話にでた社長は首を傾げているが、かまわず続けた。
「報酬としていただいたマンションは、きちんと働いたお金で返します」
 俺の後ろで妻がほほ笑みながら社長に手を振っていた。社長は理解できないながらも嬉しそうに頷いた。


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