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宮下 倖さん

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ケン・オス・ムードメーカー

18/03/04 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:419

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「へえ。ムードメーカーだって。ゴリラなのに」
 甲高い女の声にケンはちらりと檻の外を見た。
 複雑な形に指をからめた男女が低い位置に立てられた看板を覗き込んでいる。そこには檻の中にいる四頭のゴリラの紹介が書かれていた。
「ゴリラのムードメーカーってなに? こういうとこにはふつう、好物はバナナとか書くもんじゃないの? ほら、こっちはスミレ・メス・りんごが好きって書いてあるよ」
 ケンはさりげなく立ち上がりゆったりと歩き始めた。
 ここのゴリラたちは温厚でのんびりしていて、放っておくとあまり動かないまま半日ほどを過ごしてしまう。しかしそれでは、せっかく動物園に来た客に対して愛想がないというものだ。
 ケンは岩場に座り込んでいたスミレと日陰に寝転んでいたジロウに何気なくちょっかいをかける。二頭とも誘われるまま動きだし、三頭でじゃれるように遊び出した。
 もう一頭のユキノは少し年上でこういう遊びには乗ってこないのでそっとしておく。
 活発に動き出したゴリラたちに客たちは歓声を上げたり、カメラを向けたりしている。
「わ、なんか元気に動き出した。あのゴリラがムードメーカーのケン……ってことかな」
 目を丸くする女に、ケンは「そうそう。それがオレの仕事だからね」と胸の裡で呟いた。
 
 ほとんど知られていないし知られては困ることだが、動物園の中にはたまに人間と同程度の知能をもち、さまざまな仕事を与えられている動物がいる。
 ケンの働く動物園にはケンのほかに、ペンギンのルナ、ワニのハンスがその役を担っていて、それぞれ仲間の体調管理や客に対してのアピール指導などを行っている。
 これは「仕事」であるから彼らには報酬がある。それは一日一枚のメダルだ。
 それは貯めた枚数によって彼らの希望を叶えてくれる。
 十枚貯めればちょっといい食事がもらえたり、三十枚貯めれば檻の外を散歩することができる特典になる。
 ケンはこの報酬メダルを三年以上貯め続けていた。あともう少しで千枚に届く。
 もちろん闇雲に貯めているわけではない。ケンには大きな望みがあった。
「お疲れさまケン。今日のメダルね」
 ゴリラの檻の担当である真奈美がケンの手に金色のメダルを載せてにっこりと笑った。
「今日も好評だったわよ。ゴリラの檻は活発で明るくて見ていて楽しいって」
 真奈美の笑顔に、ケンも目を細めてうなずく。その瞳の中には知性の色が濃い。
 真奈美はひどく華奢で、触れたら壊れてしまいそうだ。人間の女とはなんと頼りない姿をしているのだろうか。
 ケンと真奈美の間に、今は檻はない。対等の同僚として対峙している。
 ケンを信頼し、尊重している真奈美に彼に対する恐れはないのだ。
「うーん。ケンと飲みに行けたら楽しいだろうなあ。せめて話せたらなあ」
 本気でそんなことを言う真奈美にケンは苦笑する。
 人語は完璧に理解しているし、少々声帯に負荷をかければ会話ができないこともないのだが、ケンはそれは絶対にしないと決めていた。話などしてしまったら、自分の気もちに歯止めが利かなくなる。このメダルを使うときにも支障をきたすだろう。
「ケンはさ、そんなにメダル貯めてなにを願うの?」
 手のひらの上のメダルを見つめていたケンは、そう訊ねる真奈美に人さし指を口の前に立てた。
「秘密、かあ」
 くすぐったそうに笑った真奈美は「お疲れさま。また明日ね」と言い残すとケンに背中を向けた。
 ケンはその無防備な後ろ姿にため息をつく。
 彼の本心からの願いはメダルが何枚あったって叶いはしない。どれほど働いても、その報酬は彼を本当の意味で幸せにはしないのだ。
 人間と遜色のないケンの頭脳は複雑に思考をからませ長い長い夜を彼にもたらすが、それは彼にとって決して愉快なものではない。
 あと少し。望みが叶うまでもう少し。
 ケンは金色のメダルをぎゅうっと握りしめた。

「なんか元気ないなー」
「ゴリラなんてこんなもんじゃないの? ごろごろしててさ」
「ううん。ここのゴリラ、前はすっごく楽しそうに遊んでたんだよ。見てて飽きなかった」
 ゴリラの檻の前は客はまばらだった。ゴリラたちも木陰や岩場に陣取り、思い思いの格好で過ごしている。あまり動きはない。
「ふうん。……スミレにジロウにユキノにケンか」
 檻の前の看板に書かれているのはゴリラたちの名と性別、それと彼らの一言紹介だ。
 スミレ・メス・りんごが好き、ジロウ・オス・甘えん坊、ユキノ・メス・ものしずか……
 ケンの紹介は半分が白く塗りつぶされ、新しく書きかえられたようだった。
 ケン・オス・バナナが好き
 とってつけたような紹介文を与えられたケンは、屈託のないつやつやとした瞳を穏やかに空に向けていた。


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このストーリーに関するコメント

18/03/06 むねすけ

読ませていただきました
ホントにそうかも、と、ファンタジーと現実が小説を介して重なるような感覚を味わえました
メダル千枚でケンが得たもの、読後にじんわりと思いが広がります、面白かったです!!

18/03/07 宮下 倖

【むねすけさん】
具体的にケンの望みを書かないことで読んでくださる方にラストを委ねるかたちになったので少し不安な面もありましたが、「面白かった」と言っていただけてほっとしました。
読んでくださり、またコメントもいただけて嬉しかったです。ありがとうございました!

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