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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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雨の報酬

18/03/04 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:1件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:570

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 夕方になって突然降り出した雨は男の真新しいスーツを濡らした。男はシャッターの降ろされた保険代理店の軒下に飛び込むと、片手でスーツについた雨粒を払い落とし、曇った眼鏡の奥から真っ黒な空を見上げため息をついた。
 再就職活動をしていたが思うような結果が得られないまま三カ月が過ぎようとしていた。この日面接を受けたシステム開発の会社でも、経験不足を理由に目の前で断られる情けない有様だった。
 どこも僕なんか必要としていないんだ。
 報酬に不満を持っていた男は、少しでも報酬の高い会社を求めて前の会社を離職した。再就職先なんかいくらでもあると思っていたが現実は甘くなかった。マスコミが人出不足を叫ぶ中でも男は満足のいく報酬を得られる会社を見つけることはできなかった。
 男は激しくコンクリートを打つ雨を眺めながら足で砂をかけるように会社を辞めたことを後悔しはじめていた。思うような評価は得られなかったが、前の会社にいたらこんな惨めな思いはしなかったに違いない。
 華やかな色彩の傘がなんと多く前を通り過ぎて行くことか。雨宿りしている男に見向きもすることなく早足で皆通り過ぎていく。向かいの歯科医院からは眩しい明かりが漏れていて、病院だというのに華やかで楽しそうな場所に見えてくる。
 いつ止むかわからない雨を眺めていると、同じようにスーツを着た青年が軒下に入ってきた。青年は上着を脱いでバタバタと叩いて雨粒を落とすと、再び着て、隣の男に向って軽く会釈した。
「天気予報で雨だって言っていたのに傘を忘れてしまったんです。まさかこんなに降るとは思わなかったので」
 気さくに話しかけてくる青年に戸惑いながら男は「ひどい雨で」と、小声で答えた。男は天気予報すら見ていなかった。
「就職の面接の帰りなんですよ。いや、面接の前でなくて良かったです。濡れたスーツで面接なんて行けないですからね」
「転職ですか。それとも学生さん?」
「学生です。来年の四月からは社会人になります」
「そういえば就職活動が解禁になったとテレビで話していたような。一年も前から就活ですか。大変ですね」
 青年は照れたように笑うと手櫛で髪を梳いた。
 大学で建築工学を学んだ青年は、卒業後には巨大なビルや公共施設などの設計ができる仕事に就きたいと言った。その夢を叶えることのできる会社に入りたいという。
「あなたはどんな会社に勤めているんですか」
「いや、僕も就職活動中なんですよ。再就職先を探しているです」
「へえ、じゃ夢を叶えるための新しい職場を探しているって感じですか。いいですね、一歩一歩キャリアアップして夢に近づいているんですね」
「そんな恰好のいいものじゃないけど」
 男は苦笑いすると濡れた革靴の先に目を落とした。ずいぶんとくたびれた靴を履いている。スーツは新しいのに靴はボロボロ、なんだか必死に外面を取り繕っている自分が惨めだった。夢どころか目標もない。ただ納得のいく報酬で雇ってくるところを探しているだけだ。
「いつか夢が叶えられるといいですね」
 男は自分に言い聞かせるように青年に言った。青年は嬉しそうな笑顔で軒下の外に手を出すと雨に掌を濡らした。
「濡れてもいいんで行きますね。お互い就活をがんばりましょう」
 青年は元気に言うと、濡れるのも構わず駆けだしていった。雨に濡れることがなんだか嬉しそうにさえ見えた。
 雨は弱まることなく振り続けている。街の明かりが雨粒を宝石のように輝かせ、傘や道の上で撥ねている。合羽を着せられた柴犬が若い女を引っ張りながら散歩をしている。
 僕の夢はなんだろう。考えてみたこともなかった。
 男は急に可笑しくなり声をあげて笑いはじめた。笑い声は雨音に消されて道行く人に聞こえはしなかったが、通り過ぎる幾人かは怪訝そうに男の顔を見ていた。雨で顔が濡れているのか涙で顔が濡れているのかわからなかった。
「雨はとうぶん止まないよ」
 畳んだ傘を持った女が立っていた。前の会社で隣の席に座っていた女だった。同じ街に住んでいることは知っていたが、会社を辞めてから会うのは初めてだった。
「なに驚いた顔しているのよ。さっきここの前を通り過ぎたとき偶然見つけたの。びしょぬれで立ってたから、コンビニで傘を買ってきてあげたわ」
 強引に手渡された傘を握ると男は礼を言うことを忘れ女の手を掴んだ。
「僕は会社で必要な存在だったのかな。それとも居ても居なくてもどちらでもいい存在だったのかな」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ。今だってあなたの席は空いているのよ。戻ってきなさいよ。社長はあなたを買っていたんだから」
 女の手は雨にうたれ濡れていた。男は鞄からハンカチを取り出すと女の手を包むようにして渡した。
 雨音が頭上でひびく。男は深く女に頭をさげると、傘をさしてひとり雨のなかを歩きだした。


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このストーリーに関するコメント

18/04/19 光石七

拝読しました。
より良い報酬を求めてぶち当たった現実、青年との会話で気付いた自分のちっぽけさ・ふがいなさ。
淡々とした語り口の中、主人公の心情にリアルな重みがありました。
同僚だった女性から自分を必要としてくれる場所があることを知らされた主人公、良い再出発ができるといいですね。
素敵なお話をありがとうございます!

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