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motoさん

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報酬の対価

18/03/01 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 moto 閲覧数:319

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「おい、後藤。来月から給料100%カットな。」
部長の言葉は、俺の心臓を一瞬止めた。

サービス残業で無休状態が当たり前のブラック企業に、8年間真面目に勤めてきた。
それが、数日前に起こしたミスがキッカケで突然給料の停止を迫られている。
給料100%カットだなんて確実に違法だ。

「無給期間は半年。勤務態度が良かったら給料は復活させるつもりだ。
もし嫌なら辞めてもらって構わない。君の代わりなら腐る程いるしな。」

無表情で口を開閉している部長は、俺の目ではなく高級車のカタログを眺めている。
「コイツの首を締め上げてやろうか」という殺意が一瞬浮かんだ。

「おい、聞いているのか?どうするんだ我慢して働くのか、辞めるのか?」

無論、給料が出ないのに汗水流して働く必要なんて一切ない。
しかし、中卒の自分にはこの仕事以外できないとも思う。

「...働かせてください。」
悔しさで声を少し震わせながら、返事をした。
「そうか、じゃあ明日からも宜しくな。」

こうして半年間のタダ働きが決定したのだが、この苦渋の決断が後に、
人生を大きく好転させるものだとは微塵も思わなかった。

当然、貯金などもしていなかった俺は、すぐにお金に困り始めた。
今までは会社の昼休みに同僚とランチに出かけていたが、その出費さえも痛い。

そこで上司にランチに連れていってくれないか甘えてみた。
しかし、相手も防御が硬い。「ちょっと会議が〜」と歯切れが悪い様子。
だが、ここで引き下がっていたら今日の昼飯は、100円のスナックパンになってしまうのだ。

何とか上司の機嫌を上げるために、普段の仕事ぶりに関して褒めたてたり、上司の趣味であるゴルフの話を
聞いていたら、昼食に連れて行ってもらえることに成功した。

タダより高いとはよく言ったもので、奢ってもらうにはお世辞を言ったり、相手の気分を最高にしなければならない。
ある時は上司の家族を褒め、ある時は肩のマッサージである。

最終的には、上司のいらなくなった洋服のおさがりも手に入れる事に成功した。
そうしたタダ生活を続けていたある日、他部署の先輩からこう言われた。

「お前、最近愛嬌というか可愛げが出てきたよな。」
自分では変わっていないつもりであったが、タダで誰かに頼るという事を始めてから、”下っ端感”が出たのだと思う。
今まで会社で上司からは怒られてしかいなかったが、その人間関係がかなり良くなった。

昼食のお金は浮かせたものの、今度はアパートの家賃が払えそうにない。
そこで家にあったTVや掃除機、スマホまで売り、当分の生活資金を確保した。

電化製品を売って気づいた事がある。それは空白の時間だ。
深夜までダラダラとTVを見ていた時間を使って、明日の仕事を前倒しでやることにした。

すると前日から取り掛かっていたお陰で、次の日は定時に仕事を終える事ができた。
部長もあまりの仕事の早さに驚いていたが、やる事はやっていたので定時退社をしぶしぶ認めた。
家にいる時間を全て仕事に当てる事で、仕事はどんどん減っていき、休日もちらほら貰えるようになった。
しかし、いざ休日ができてもやる事がない。

とにかく一人で過ごすのは寂しい気がしたので、近所のスナックに行くことにした。
薄暗い店内には中年のおじさんが数人いた。

そこで勇気を出して、同じカウンターの並びに座っていたおじさん達に話しかけてみた。
すると、仕事場で受けている理不尽な扱いをおじさん達は、さも自分達の事のように怒ってくれた。

俺は休日ができると、バーやスナックなどに顔を出すようになった。
そうして、どんどん交友関係が広がって行った。

そうして、半年が経った頃、俺は会社で部長から呼び出しを受けた。会議室に入ると部長が
「半年間、よく頑張ってくれたな。来月からは給料は元に戻るぞ。」と俺の目を見て、笑顔を浮かべて話した。

しかし、そこで俺の口から出た言葉は自分でも驚きだった。
「いいえ、部長。俺、会社辞めます」
「え?」
今度は部長の心臓が止まったかに思えた。

「俺、気づいたんです。お金がないと時間が増えたんです。
スマホという連絡手段が使えないことで、普段なら出会わない人達と知り合うことも出来ます。
タダで人に頼むことが増えたので、人間関係も良くなりました。
お金という穴が空いた所には、いろんな幸せが入ってくるんだってことに気づいたんです。」

そして会社を辞めた俺は、多くの人に手放すことの重要性を伝える仕事を始めた。
- それから数年後、アメリカの一流雑誌ニューヨークタイムズの表紙には、次の言葉が踊っていた。

「英二・後藤。 世界一予約の取れないミニマリストのアドバイザーとして、ニューヨークセレブの間で大人気!」


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