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浅間さん

初心者なもので…

性別 女性
将来の夢 魔法使い
座右の銘 チーズの上にケチャップをかけるな

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チタンの胃袋とあざとい男

18/03/01 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 浅間 閲覧数:358

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 二限後は、そのまま講義室に残って昼食を食べる学生も多い。槇原千絵里もその一人であった。彼女は当然の如く、ずっしりとした直方体を包む風呂敷を解き、光沢のあるお重を三段、どすん、どすん、どすん、と机の上に堂々と広げる。とても細身の女性が一人で食べきれる量には見えないが、彼女はチタンの胃袋をお持ちだ。
食べやすいように、長い黒髪を結ったところだった。哀れな一人の青年がロケットの如く飛んでくると、ポニーテールの女神さまに両手をパンと打ち鳴らし、神頼み。
「お願い!」
その青年、笹尾昌平はあざとく、つぶらな瞳で彼女に上目遣いをする。またか、と彼女はため息をつき、
「今回の報酬は?」
と、素っ気ない態度で言葉を返し、たいてい三秒後には前のめりになって彼を威圧している。
「松吉ラーメンのネギ味噌チャーシュー特盛りにバタートッピングでどうかな?」
「ダメ。話にならないわ。」
「じゃあカレーチャーハンセットにして紫蘇餃子もつける!頼むよ!北ヶ谷先生の授業全然わからないんだよ!ほら、七限だからさあ、つい寝ちゃってあの授業ほとんどノート取れてないんだよ!そもそも何の授業なのかも未だに把握できてないんだよ!薄れゆく意識のなかで先生がフロイトがどうとか言ってたのはなんとなく覚えてるけど!」
「そこに替え玉も追加して、デザートにクリームソーダもつけること。そうしたら聞いてあげてもいいけれど。」
 千絵里はクールに口元を拭い、海千山千の情報屋の如くクライアントに微笑みかける。ははあ、女神さま、と青年がありがたがって拝む頃には、重箱の中身の五割はチタンの胃袋に消えていた。

 サークル帰りの集団がいたせいか、だいぶ遅れてラーメンセットが運ばれてきた。千絵里は髪を結いながら、チラチラと昌平の口がフリーになるタイミングを見計らって話しかけた。
「あなた、私なんかに頼み事をしないで、他のご親切な女の子にでも頼めばいいんじゃない?実際あなた凄くモテるじゃない。この間も桜井さんと噂されていたみたいだけど。」
「珍しいな。槇原さんはそういう噂話に食いつかないし色恋沙汰に興味がないんだと思ってたけど。あ、桜井とは何もないよ。ノート貸してもらっただけ。」
 と、彼はレンゲにもやしをのせながら答える。
「たまには自分でノートとりなさいよ。で、他の女子にはどうして頼まないの?」
 そうそう、千絵里は先に、こっちの質問に答えて欲しかったのだ。しかし質問する彼女に対し、昌平はもやしをゆっくりと焦らすように咀嚼し、ようやく口を開いたかと思うと、
「だって槇原さんはいつも見返りを求めてくるから。」
と、素っ頓狂な返答を繰り出し、絶えることなく草を食む牛の如く麺を口に運んだ。
「どういう意味よ。」
と、千絵里が言うと昌平はレンゲを置き、一旦飲み込むと話し始めた。
「見返りを求めない人って、なんだか怖いんだよね。確かに無償で何でもやってくれる人はありがたいよ。でも自分の小さな借りが積み重なって、いつか莫大な借金となって俺にのしかかってくるんじゃないかって思っちゃってさ。中学の時、いつもノートを貸してくれる奴がいたんだけど、そいつに一度、日本史だけでいいからカンニングさせてくれ、いつもノート貸してやってるからいいだろ、って言われてさ。もちろん断ったけど、そいつとは仲がこじれたんだよね。その程度の仲だったってことなんだろうけど、悲しかった。」
 千絵里は、身から出た錆と言えないこともないじゃないか、そのノートをとらない悪癖をなおせばいいのに、と思ったが、彼がいつになく真面目な様子なので静かにただ相槌をうつことにした。
 しかし、ずっと黙っているのも何か気まずく、
「世間では無償の施しをすることが美徳とされているけれど、骨折りに見合った対価が与えられないということは理不尽だもの。人情という皮を被った搾取に過ぎないわ。皆、無意識に搾取から逃れるために見えないツケを作ってしまうんじゃないかしら。」
 と、それらしい意見を述べてから、汁を啜った。しかし、この男はそんなシリアスムードをぶち壊し、とんでもない不意打ちをかましてくれるのだった。

「あ、でも槇原さんを頼るのはそれだけが理由じゃないよ。俺、槇原さんのこと好きだし。」
 その特大爆弾にむせ返る千絵里をいたわることなく、
「じゃ、金置いとくから!俺は終電あるから、じゃあね!」
 と、わんこの笑顔で誤魔化しながら、彼はそそくさと帰ってしまったのだった。
 笹尾昌平はやはり、あざとい。そんな、言いたい放題言われたきりで私はまだ何も言えていないのに、こんなのあんまりじゃないか!と、その憤りは収まることを知らず、千絵里は頬の紅潮を隠すように激辛ラーメンを注文すると普段の気高さの片鱗もない、飢えた野良犬のような所作で貪るように食べるのであった。


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