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氷室 エヌさん

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最高の報酬とは

18/02/25 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 氷室 エヌ 閲覧数:469

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 限定品のマカロン、日本に上陸したばかりのカップケーキ、どこぞの有名ショコラティエが作ったチョコレート、新作のフラペチーノ。
 家を出る前に渡されたメモに再び目を通す。買い忘れはない。俺は小さく頷き、両手に抱えたいくつもの紙袋を持ち直す。せっかくの休日を棒に振るわけにはいかない、さっさと帰ろう。
 そう思った瞬間、ジーンズの尻ポケットに入れたスマホが震える。俺は紙袋を落とさないように四苦八苦しながら、スマホを取り出した。画面に表示されているのは、同棲中の恋人の名前だ。
「もしもし?」
『追加で幸せのシフォンケーキ買ってきて』
 端的に用件だけを告げる彼女に、思わず「は?」と聞き返す。労いの言葉もないのか、こっちはお前のためにこんなに苦労してるっていうのに。
「何だ? その、幸せの何とかっていうのは」
『幸せのシフォンケーキ。今テレビ見てたらやってた、美味しそうなんだよね。今、健太どこにいるの?』
「……原宿だよ。限定品とやらのマカロンを手に入れたところだからな」
 俺は嫌な予感をにじませつつ答えた。彼女に頼まれたマカロンを取り扱う店は原宿にしかなく、若い女に挟まれて行列を並んだところなのだ。あれは恥ずかしいどころの騒ぎではなかった。数十分ほど前の苦い記憶に顔を歪ませていると、彼女は明るく告げる。
『あ、じゃあ近いよ。中野駅だもん』
「中野? 別に近くもないだろ」
 原宿から中野まで行くなら、乗り換えをする必要がある。
「明日以降じゃダメなのか? 来週とか、一緒に行くっていうのは……」
『今食べたいんだもん。それに来週じゃ売り切れちゃうかもしれないし。ね、お願い!』
 舌打ちの一つでもしてやりたくなる。ただそんなことをすると彼女が機嫌を損ねるのは請け合いだ。俺はしばし逡巡した挙げ句に「わかったよ」と呟いた。
『ほんと? やったー! じゃあよろしくね』
「あ、おい!」
 クソ、ガチャ切りされた。苛立ちを抑えつつも俺は駅へと向かう。ホームに停車していた車両に慌てて飛び込むと、車内が妙に混雑していた。休日とはいえ不思議と思っていると、電車内にアナウンスが流れた。
『ただいま○○線で起きた人身事故の影響で遅れが生じております。この電車は二十分後の発車となります――』
 なるほど、この混み具合はそのせいか。まったく運が悪い。ただでさえ満員に近い電車内で、大荷物を抱えた俺に邪険な視線が集まる。
 十分後、ようやく動き出した車内でぼんやりと考えた――何だって俺ばかりこんなことに。
 自慢じゃないが、俺の彼女は抜群に可愛い。だからか、彼女にとっては自分が一番なのだ。彼女の世界ではあいつ自身がお姫様であり、俺という彼氏を含むその他の有象無象は従者でしかないのだ。
 学生時代からずるずると今まで付き合ってしまっているが、今度こそ別れを切り出すべきだろう。帰ったら振ってやる。今更俺の大切さに気がついたって無駄だ。泣きついたって許してやるもんか。
 ……まあ、とりあえず、シフォンケーキとやらは買うけれど。
 そういう甘いところがダメなんだろうなと思いながら、何とか電車を乗り継いで中野駅に到着する。ここも相変わらずの人の多さで、辟易しながら目的の店へと足早に向かった。
「……マジかよ」
 店はある、すぐに見つかった――とんでもない行列ができているからだ。
 さっき並んだマカロンの店なんか比べものにならないくらいの行列だ。冷や汗を滲ませつつ最後尾を探す。暫く行列を辿っていったところで立て札を持った店員らしき人物を発見した。
「一時間待ち?」
 札に書かれた文字を思わず口に出してしまった俺に対し、店員がにこやかに言う。
「お客様のオーダーにあわせてその場で焼いていますので、どうしても時間がかかるんですよ」
 俺は落胆し、悲鳴を上げる足腰に鞭を打った。結局それから一時間三十分ほど待ち、俺はようやくシフォンケーキを手に入れた。怒りよりも疲労が勝るが、家に帰ったら彼女に別れると言わなければ。決意を堅くしながら家に帰る。
「ただいま……」
「おかえり! わあ、買ってきてくれたんだー!」
 俺を待っていた彼女は、俺から紙袋を次々と受け取り、うきうきで品物を取り出す。
「……あのな、俺はもうこんなのうんざりなんだ。だから――」
「ねえ、一緒にシフォンケーキ食べようよ。疲れたでしょ? ありがとね、健太」
 ご機嫌な彼女は満面の笑みを俺に向けた。花が咲くような笑顔に、毒気が抜かれる。
 そういえば俺は、コイツの笑顔が好きで告白したんだっけか。そんなことを思い出し、俺は怒っていることすら馬鹿らしくなり苦笑した。
 まだしばらくコイツのわがままに付き合ってもいいかもしれない。
「……紅茶もつけてくれよ」
 まったく、笑顔が最高の報酬になるなんて、俺も相当焼きが回っているようだ。


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