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腹時計さん

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失恋の報酬

18/02/25 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 腹時計 閲覧数:407

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「なあ、おい」
 無愛想な声にはっと目を覚ますと、前の席の男子が迷惑そうな顔つきでこちらを振り向いていた。
 え、なに?
「はやく」
 プリントをつっけんどんに押しつけられて我に返る。そうだ今は数学の時間だった。
 あたしは顔を赤くして受け取った。ごめんとも言わず。そして速やかにそのうち一枚を自分の机に置いて後ろの席に回した。
「ど・ん・ま・い」
 と、後ろの席の人――ナカノが口の形だけで伝えてきた。筆ですっと書いたような一重はからかいを含んで黒目がほぼ消えている。あたしは顔を熱くしながらナカノをにらみつけた。あたしが今どんな気持ちか、わかっているくせに……。
 黒板のほうに向き直る。数学担当の浅岡がちょうど今配られたプリントの説明をしていた。
 宿題。明日まで。答え合わせもしてくるように。間違えたら途中式も赤ペンで直せ。答え丸写しはするな。全部当たり前のことだけれど、それがいかにむずかしいことか。あたしたちは三平方の定理よりも先生にばれにくい答え丸写し術ばかり習得してばかりいる。
 チャイムが鳴った。これで今日は終わり。浅岡はあたしたちの担任の先生でもあるから、そのままホームルームに移って事務的な連絡をしていた。あたしは片耳で聞きながら帰る準備をし始めた。あたしだけじゃなく、みんな机の中から教科書とノートの束を引っ張り出してカバンに詰め込んでいる。おしゃべりしている人はあまりいない。みんなどこかしらけていて、ぴりぴりしている。

 中三の十二月。
 みんな早く帰りたい。塾に早く行きたい。

 野球部のキャプテンとして勉強そっちのけでこれまで学校に来ていた田中君も、推薦入試が間近だからちょっと不機嫌そうだ。あたしに「はやく」と怒ったのも、きっと受験のせいだ、……たぶん。
 あたしが田中君についてくよくよ考えているうちにホームルームが終わる。
 ナカノと一緒に教室を出て行こうとすると、浅岡に呼び止められた。
「お前、個人面談だから残るようにさっき言っただろう。中野も今日だろうが」
 あっ。
 忘れていた。
 
 ナカノの面談は早くに終わって、ひとりでさっさと帰ってしまった。
 面談は教室で行われるから、待っている間は廊下にいないといけない。去年同じクラスだった坂上さんがいたので、少しだけしゃべった。話題は期末テストの結果と受験勉強ばかり。坂上さんは吹奏楽部が強い高校を受けるらしい。
 教室の扉が開いて、中から面談を終えた田中君が出てきた。
 そして、あたしをじろっとにらんで、
「つぎ、おまえ」
 と、言う。
 うん、わかった、と返すより先に田中君はあたしから視線を外し、坂上さんに笑いかけた。
「志帆、お待たせ」
 坂上さんはちょっと顔を赤らめて、田中君にくっつく。
 あたしの返事は、田中君と坂上さんという、どう見てもお似合いなカップルが消えた後も発せられなかった。

 期末テスト、おおむね良し。このままいけば志望校は受かるだろう。滑り止めも一つぐらいは受けておいたほうがいい。机に向かい合って座り、浅岡はあたしの成績表を見ながら淡々と言った。
 あたしは県で三番目の高校を受験する。本当はもうちょっと上を目指せたかもしれないけれど、落ちたくないからあえて志望校を下げていた。消極的な姿勢を、かつて浅岡に叱られたこともある。
 これで面談は終わりかな、と思っていると、浅岡はあたしの目をじっと見つめた。
「西尾は、なにか将来の夢とかある?」
「……ゆめ」
 夢だったらよかったのに。
「たとえば大学で心理学を勉強したいとか、海外で働きたいとか。高校出た後、何がしたいんだ?」
「ああ、はい……」
「ないのか?」
 翻訳の仕事がしたいです。
 指先が冷える。
 志帆、お待たせ。
「いま、失恋したばかりなので……先のことは、どうでもいいです」
 三年間、ずっと好きだった。
 浅岡の口がぱかっと漫画みたいに開いた。
 それをぼんやりと見て、あっと思う。
「いや、えっと、すみません違います忘れてください」
 穴があれば入りたい。担任に向かって、何を言ったのだろう。ばか。
 シャカッ。
 机の上には、のど飴。先生のジャージのポケットから出てきたのをあたしは見た。
「飴、カバンから落ちてたぞ。特別に見逃してやるから持って帰れ」
 宿題で手抜きしたら放課後呼び出してやり直しさせるいやな先生のくせに。岩みたいな顔をしてる先生のくせに。
 先生のポケットから出てきたキシリトールのど飴は、ぜんぜん甘くなさそうで。
「どうせなら、いちごみるくがよかった」
「もう中学生だろ。キシリトールは大人の味だぞ」
 のど飴は小学生だって食べるじゃん。それに中学生はぜんぜん大人じゃない……。
 青緑の小さな袋は、校則破りの先生の熱を吸収してちょっとあたたかかった。


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