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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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イタリアの人々

18/02/20 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:446

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 イタリア人は日本人贔屓が多いというのは、ほんとうだ。ぼくがそのイタリアで一人旅をしているとき、地元の人々が日本人だとわかるとひとなつっこくちかよってきて、ぎゅっと首に腕をまきつけて親愛の情をみせつけられたのは一度や二度ではない。ピザ店でたべているとき、ぼくが日本人だとわかると、手首に巻き付ける皮のベルトをプレゼントされたこともある。また公園のベンチに座って目の前の風景をスケッチしていると、これは十代とおもえる少女がそっと横に座って、そばからぼくの鉛筆画を興味深げにながめていたこともあった。平和と安全の国わが日本でさえ、こんな状況はまずおこりえない。彼女はなにかしゃべりたがっている風だったが、ぼくのほうが意識しすぎで結局話しかけることはできずじまいだった。
 ぼくがその小さな村にふらりとたちよったのも、たまたまバスで乗り合わせたアルダという名の五十がらみの婦人と言葉を交わすうち、日本からきた旅人だとわかると、それならぜひ私たちのところにおいでなさいということになったのだった。見るからに人のよさそうな女性で、家では葡萄畑をやっており、八十過ぎの母親がきっと喜んでくれるといわれてぼくも、じつはその日は他に予定があったのだが急遽、彼女の住まいのある村におもむくことになった。
 その村は、昔ながらの石でてきた家と新しい家が石畳の道をはさんでたちならんでいたが、大芸術家たちを生んだお国柄だけあって、建物の輪郭や色彩にひとつの不調和もなく、絵にするにはもってこいの構図がおのずとできていた。
「どうぞ、遠慮はいらないから」
 アルダは、石造りの大きな家屋の前で足をとめると、ぼくのためにドアをあけてくれた。
 古色蒼然とした外観にくらべ、家のなかはきれいにリフォームされていて、リビングの床にあわせた家具類や、天井や壁の色も、しっとりと落ち着いていて、ふだんからここに近所の人々を呼んで、飲んだりたべたりしながら、楽しい人生のひとときをすごしているのが目に見えるようだった。
 アルダはさっそく、息子を紹介してくれた。ベルナルドというその息子は、なかなかの美男子で、礼儀正しく、目上のぼくをうやまうことをわすれなかった。妻は厨房で昼食の準備をしており、アルダも息子も、遠くからきたぼくとの食事を心からまちわびている様子だった。
 するとそこへ、近隣の人らしい、中年の女性がたずねてきた。ぼくにむかって笑みまじりに会釈するその彼女の、なぜかやたら髪がみだれて汚れているのが目についた。人の家をたずねるのにと、ぼくが不審におもっていると、そんなこちらの胸中をめざとくさっしたアルダが、
「あなたもどうぞ。まだ母を紹介してなかったわね」
 と、なにやら仔細ありげにいいながら客人とぼくを、奥の部屋につれていった。
 そこはこじんまりした室内で、流し台のまえに、ゆったりとした椅子がおかれていて、いまその椅子から、老齢の婦人がおもむろにたちあがった。
「カルロッタよ、私の母」
 イタリアの高齢者らしくよく太っていたが、葡萄畑の作業をてつだっているのか歳ににあわずよく日に焼けてたくましかった。
 満面の笑みでぼくを迎えるとカルロッタは、流しに客人を引っ張っていって、頭を水で洗い始めた。
「母は若いころ美容師だったの。いまも、ご近所の人たちが頭をととのえてもらいにやってくるのよ」
 頭を洗いおえた客人は、椅子にすわらされて、ドライヤーで乾かした髪を、カルロッタのあざやかなハサミと櫛さばきで、数分後にはみちがえるばかりの頭になっていた。
「若いころからやってもらってるので、あたしに一番似合う髪型を、だまっていてもやってくれるの」
 すっかり満足して客人は、ぼくたちにむかって手をふりながらかえっていった。
 いくらもしないうちにまたひとりの女性がカルロッタに髪をセットしてもらいにあらわれた。ぼくが家にいるあいだに3人が同じ目的で来訪した。
「料金はとらないのですか」
 カルロッタはだれからも金をもらっていなかった。
「あたしは、みんなのよろこぶ顔がみたいからやってるのさ。これがあたしの生きがいだからね」
 ベルナルドが、葡萄畑をみせてやるよというので、ぼくが外にでると、一人の女性がこちらにあるいてくるのがみえた。 彼女は帽子をとると、指でじぶんの髪をくしゃくしゃにして、あろうことか道端の泥水を頭にふりかけた。
「あのひと、なにをしているのです」
 ぼくがたずねるとベルナルドは、
「祖母に髪をセットしてもらうのですよ」
「どうしてあんなくしゃくしゃに」
「あれだけみだれていたら、祖母だってやりがいがあるでしょう」
 このあたりのひとたちは、ほんとうになんておもいやりにみちているのだろう。ぼくはあらためてイタリアの小村を、ほのぼのとした気持ちでみわたしたのだった。




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このストーリーに関するコメント

18/03/02 木野 道々草

拝読しました。私もこの村の情景に、読後はほのぼのした気持ちになりました。そして、主人公が心に留めておきたいと風景をスケッチしていたように、私も近所の人の髪をととのえるカルロッタさんの姿を絵に描いてみたいと思うほど、お話に、人物に、とても惹きつけられました。葡萄畑で収穫された葡萄は、ワインになるのでしょうか。村の人たちがワイン片手に仲良くおしゃべりする光景も想像しました。

18/03/03 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。人間的な喜びをこころからわかちあうことができたら、どんなにいいでしょうね。世界のどこかでは、この作品のようなエピソードも、もしかしたら起こっているかもしれません。我々にみえるのは紛争や対立ばかりですが、そうではない、ひっそりと目立たないけれど、人間にとって大切な出来事もきっと、存在すると信じたいです。

18/04/16 光石七

拝読しました。
思いやり、優しさがごく当たり前に息づくイタリアの小村。
人物も、家や葡萄畑などの情景も目に浮かぶようで、とても温かい気持ちになりました。
こういう関係・関わりが国レベル、世界レベルでできたら……
素敵なお話をありがとうございます!

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