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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。

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僕が書く理由

18/02/20 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 向本果乃子 閲覧数:386

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 僕は何のために書いていたんだっけ?初めて書いたのは十三の秋。でもそれはまるで日記のような、宛先のない手紙のような、自分の中に生まれる怒りや苛立ちを吐き出すように書き殴った小説とも詩とも言えない文字の連なり。学習ノートにHBの鉛筆で殴り書きしたそれが僕の初めての作品。それから僕は手に負えないあらゆる感情を白い紙の上に文字として書き続けた。誰に見せるためでもないから、汚い感情も意味不明な言葉も独りよがりな言い分も愚かな思い込みもひたすら文章にした。ただの記号である文字が、僕にとって意味のあるものに変わってゆく。そこにあるのはツールとしての文字ではなく、薄汚い感情や弱さ、それでも正しくありたいと願う子供じみた思い、そんなものが滲みでる何か。大人は汚いとか使い古されて慣用句みたいになった言葉なんかじゃなくて、ぐだぐだと書き連ねざくざくと削って、自分だけの言葉と表現で形のない名前のないそれらを現したかった。そのうちそれは自分ではない架空の人物の人生に置き換えられていった。それは発見だった。最初のうちこそ僕の分身みたいな主人公ばかりだったけれど、徐々に性別も年齢も環境も僕とはかけ離れた人物が生まれ、そうしたら吐きだしていた自分の思いだけじゃなく、親や先生や友達や近所の老人や事件の犯人なんかにまで思いをはせるようになった。そして自分の価値観や感情とは別にその人物の立場での言動を書くようになった。それがリアルか真実かはわからなくても、ただの想像だとしても、世界を自分の視点以外からも見るようになって、僕が今まで見ていた世界は少し違って見えた。だからと言って、例えば自分の弱さや過ちから目を背けるために都合よく記憶を改ざんするような父親を尊敬できるようになったわけではない。ただそんな父にとっての世界の見え方を想像することはできるようになった。だから何だと言えば、つまり僕にとって書くことは生きることだった。音楽をやる人が歌や曲から人生を学び勇気づけられるように、スポーツに打ち込む人が試合や練習から人生を学び生きる力を得るように、僕は書くことを通してこの世界を何度でも見直して咀嚼して生きてきた。だから書くことは十三の時から常に僕と共にあった。友達とのいざこざ、淡い恋心、受験のストレス、押さえきれない性欲、将来への不安、あらゆる理不尽への憤り、己の無力さへの絶望、どうにもならないこと全て、書くことで僕なりに考え、理解し、昇華して生きてきた。誰のためでも、金のためでも、名誉のためでもなく、自分が生きるために必要で書いてきた。それが僕にとって世界と向き合う唯一の方法だったのだ。それは所詮マスターベーションみたいなもので、でも充分に僕を救ってきた。でも僕は大学三年の時にある文学賞に応募した。つまり本当はずっと誰かに認めてほしかったのだ。書いたものに共感や好意を覚えてもらえたら、それは僕の存在を受け入れてくれたことになる。そんな風に思った。だから文学賞に応募した。その小説は新人賞を受賞し、映画化され、驚くほど売れた。誰か一人にでも受け入れてもらえたらと言う僕の淡い夢は、信じられない数の読者と本の印税という、二つの報酬を得る形で叶えられた。けれど僕はわからなくなってしまった。僕は何のために書いていたんだっけ?第二作をと担当についてくれた編集の人はとても親身になってくれたし、書く内容を無理強いすることもなかった。むしろ僕らしく書いてくださいと言ってくれたけど、僕らしくがわからない。顔も知らないたくさんの人たちが僕の本を読むと思うと、もう何を書いていいかわからない。今までどおりでと言われても、僕は自己完結したかったわけじゃないことに気づいてしまった。僕は周りを気にするようになった。伝わらないんじゃないか、笑われるんじゃないか、つまらないんじゃないか、間違ってるんじゃないか…ネットでは匿名の書評家たちが正直で残酷なレビューを書く。僕は否定されるのが怖かった。誰か僕の話を聞いてくれ、と発表した小説で否定されることが怖かった。それは僕が否定されることだから。僕にとって書くことは生きることだったのに、読者と印税という報酬を得たら書けなくなるなんて。そんな僕に手紙が届く。僕の小説を丁寧に読んでくれたことがわかる感想が綴ってあった。最後に「必ず読み返します。迷ったり立ち止まったりするたびに何度でも。真っ暗な世界に細い光が差すのを見るために」と書かれていた。マスターベーションではなかった!僕の小説は誰かと交わることができたのだ。そう僕は書くことで考え、理解し、昇華して生きてきた。これからも、そうやって生きていくことしかできないだろう。ただ今は、読んでくれた誰かの世界も少しだけ変わって見えたらいいと願う。それが僕にとっての本当の報酬になるだろう。だから僕は書く。そして書き続ける。


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