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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
座右の銘 備えあれば患いなし/一石二鳥/善は急げ/継続は力なり/思い立ったが吉日

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手を伸ばしても手に入らない

18/02/20 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:536

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 畳に敷かれた布の上で、数十の鉱石が煌めいている。こんもりと積まれ、自ら発光するそれらは、行燈の光を反射してなお眩く存在を主張していた。
 しかし、それを差し出された若い男の目にも心にも、感慨は浮かばない。胡坐をかいた膝をつかむ無骨な指に、力がこもる。
「おい、おっさん。まさか、これっぽっちの報酬でこの俺様が依頼を請けるたぁ考えてねえよな?」
 喉から出たのは、低い不満の声だった。行燈の灯火を、その響きのみで消しかねないほどに。
 男の向かいで、ふくよかな中年の蛙が、ゲコゲコと笑った。座椅子からはみ出すほどに肥えた腹も、笑い声に合わせて上下に揺れる。
「噂通り、おぬしが己の欲に忠実というのはまことのようだの。よいぞ、実によい」
「褒めるなら、上乗せを期待していいっつーことか?」
「案ずるな。ほかにも用意しておる」
 蛙が顎で指し示せば、脇に控えていた家臣の蛙が、男に一本の酒瓶を差し出す。
 添えられていた紙を捲った途端に、男は深縹の目を瞠った。紙を持つ指が震える。憤怒や恐怖ではない、別の感情で。
「こ、こいつは……ッ!」
「おぬしは無類の酒好きであると聞いておったからの。どうだ、請ける気になったか」
「しょうがねぇなぁ!」
 男は、膝をぱしっと軽妙にはたいた。先刻までとは打って変わった、満面の笑みで。
「正直、今までの報酬の中じゃ最高の上物だ。いいぜ、この依頼、請けてやる。大船に乗ったつもりでどーんと構えとけ、おっさん」
「ゲコゲコゲコッ。よい返事じゃ。期待しておるぞ」
「おうよ」
 通貨はなく、発光する鉱石を中心とした物々交換が主流の世では、珍品は希少価値も当然高まる。
 ――今日の俺様は、運がよすぎるぜ。
 酒瓶を底から蓋まで嘗め回すように見つめ、男はほくそ笑んだ。
 紙に記されていた筆文字は、大吟醸『薄明』。男がこの先十数年稼ぎ続けたとしてもありつけるか否かわからぬ、最高級酒である。名と存在の噂しか知らなかったその実物を目の当たりにし、さらに前払報酬として差し出されては、昂揚するのも当然であった。
 果たして、どのような味が舌を撫ぜてくれるのか。どのような香りが鼻を楽しませてくれるのか。どのような飲み心地が喉を潤してくれるのか――想像するだけで唾液があふれ出し、心が沸き立つ。
 どれほど手を伸ばしても手に入らなかったものが、今確かにここにある。
 狼の如き鋭い犬歯が、にやりと笑む男の唇からのぞいた。

  ◆

 静かな闇夜を、一陣の風が強く吹き抜ける。只の冷えた夜風ではなかった。
 それは屋敷の門番を瞬く間に薙ぎ倒し、高い塀を飛び越え、異変を察して現れた蛇の妖(あやかし)たちを門戸諸共吹き飛ばす。
「出合え、出合えー!」
 蛇の一匹が声を張るが、それさえも旋風にかき消されて途絶えた。
 追っ手の追随を許さぬ速さで、風は最奥の大部屋へと辿り着く。
 暗がりに敷かれた布団が、不意に大きく波打った。そこから何かが這い出た刹那、圧し潰さんばかりの風圧が、それを畳に縫い留める。
「ぐえッ」
 大きな蛇が、苦悶の声を漏らす。
 その身を逃がさぬよう押さえつけるのは、四本足の狼であった。濃い縹色の毛並みも、今は闇と影で青黒く染まっている。
「てめえが、雌蛙どもを夜な夜な攫って喰ってるらしい蝮か」
「ひっ……!」
「てめえの首を持って帰るように言われてんだ。ま、これも立派な報酬のうちってこったな」
「た、助けてくれ、命だけはッ!」
「悪く思うなよ。俺様の帰りを、『薄明』っつー最高の褒美が待ってんだ」
 獰猛な獣の牙が、命乞いする蝮の喉を容赦なく噛み千切る。
「蛇っつーか蝮も、酒に漬けるとうめえらしいよなぁ」
 不敵に笑んだその口に蝮の首を銜え、狼はまた疾風の如く走り去った。依頼主、そして約束された上等な報酬の待つ場所へと。


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