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ケイジロウさん

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報酬は缶ビール

18/02/19 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:491

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「わかった、わかった、もうそんなところで勘弁してくれ」
 真っ暗な田んぼ道を歩く栗山諒太はそう乞うたが、北風は容赦なく諒太にタックルしてきた。
 仕事さえ見つかればこの北風は止まるだろう、諒太はそんなことを本気で信じているようだった。
 今まで何社に落とされたかわからない。30社、いや50社くらいになるだろうか。今日職安で取り次いでもらった会社もおそらくだめだろう。そもそも社会は僕のことを明らかに必要としていない、諒太はマフラーのすき間から口を出し煙草をくわえた。
 遠くの方で車がチカチカとハザード点滅させていた。しかし、諒太にとってはそんなことどうでもよく、問題は風でなかなか火がつかないことだった。ライターをカチカチ何度も鳴らしたが、火はつく気配すらなかった。しかし、諒太は執拗にライターを鳴らし続けた。まるで、この煙草を吸えなかったら、すべてが終わってしまうかのように……。
 例の車の前まで来る頃には、諒太の右親指も左親指もボロボロになっていた。フィルターがベトベトになった火の気のない煙草がマフラーのすき間からつき出ていた。
「おまえは、ほんとに馬鹿だな、全く!」
 おじいさんの声が北風に負けずキンキンと鳴っていた。
「もう免許、返納しろ、この馬鹿が!」
「……」
 おばあさんが田んぼに落ちた右前輪を持ち上げようとしていた。北風とおじいさんの怒鳴り声でおばあさんのへっぴり腰がふらふらと揺れていた。
「もう無理だ、あきらめんべ!」
 タイヤの下に板を押し込もうとしていたおじいさんが、板を放り投げて言い放った。
 車と言ってもただの軽トラだ。荷もない。ラグビー部が四人いたら持ち上げて、100mくらい運べるだろう。ただその老夫婦は、どうやらラグビー部ではなさそうだった。
 諒太はカチカチと通り過ぎようとしたが、また引き返した。老夫婦のあきらめは諒太のあきらめにもなるような気がしたのだ。
「あのー、何か手伝いましょうか」
 諒太は煙草を耳にかけながら言った。
 おじいさんが汗だくの顔で諒太を見た。
「あ、すみませんね、この馬鹿が車落っことしちゃって」
「はあ」
 おばあさんの顔は大粒の汗だか涙で濡れていた。
「すみません」
 まるで諒太の愛車を落としたかのようにおばあさんは諒太に頭を深く下げた。
「じゃ旦那、申し訳ないですが、ワシが車を持ち上げっから、下にあの板を差し込んでくれんか」
 旦那……、この場での諒太の立ち位置は「旦那」のようだ。
「あ、ぼくが持ち上げますよ。こう見えても、ラグビーやってたんですよ」
「あーそうですか、旦那、じゃお願いしますだ」
「すみません」
 おばあさんがまた頭を下げた。
 諒太は足元を固め、バンパーのあたりに手を差し込んだ。
「じゃあいきますよ」
 おじいさんは真剣に頷き、板を持って構えた。
 諒太はタイヤを浮かした。想像以上に軽かった。おじいさんがあわてて板を差し込んだ。おじいさんの安全を確認すると諒太はゆっくりと車を下ろした。
 おじいさんは運転席にあわてて飛び乗った。
「じゃあ僕、押しますね、ゆっくり進んでください。さあおばあちゃんも押して」
「あ、はい」
 諒太とおばあさんは軽トラの背後に並んだ。おじいさんが窓から顔を出し合図を送って来た。諒太は顔面に当たる北風を睨んだ。
 ブーン、と必要以上にふかした後、車が少しずつ前進した。ブーン、ブーンとおじいさんは何度もふかした。諒太もおばあさんも車を北に向かって力強く押し続けた。
 メキメキ、と板の折れる音と同時に、右前輪はアスファルトの上にのった。
「すみません」
 おばあさんがはあはあと肩で息をしながら、また頭を下げた。
「それでは」
 諒太は煙草をくわえて去ろうとした。
「あ、ちょいとお待ちを」
 おばあさんは荷台にのったレジ袋をごそごそとやりだした。
「これでも飲んでください」
 諒太にペットボトルのお茶を差し出した。
「馬鹿者、旦那がそんなの飲むか、全く!」
 おじいさんはあわてて運転席を飛び出ると、レジ袋からビールの6缶パックを取り出した。
「旦那、これ、持ってってくださいな」
「まいったな……」
 諒太はどうやって断ればいいかわからない。
「さあさあ」
 諒太は缶ビールを強引に持たされた。そして、おじいさんはマッチを擦って、両手で囲みながら火を諒太に差し出した。
「さあさあ」
 諒太はあわてて煙草をくわえなおし、おじいさんの手の中に差し込んだ。おじいさんの大きな手の中で、火はゆれていなかった。無数の渓谷のようなしわには土がこびりついていた。
 煙草を深く呑み煙を吐くと、煙は南の方に勢いよく散っていった。止まったと思っていた北風はまだ吹いているようだ。おじいさんは鼻水を垂らしながら、にっこりと微笑んだ。
 いや、北風は止まっていた。


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