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W・アーム・スープレックスさん

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除夜の怪獣

12/12/24 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2026

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 大晦日の夜、闇がはびこる大地に除夜の鐘が、殷々とした音を鳴り響かせるとき、あいつが姿をあらわすのだ。
 丘の上の寺から住職の蒼海は目をほそめて、今年最後のまちの灯りをみわたした。
「おるわ、おるわ。今年もやっぱり出現しおった。夜空のなかに、くろぐろとそびえたつその巨大な姿を忘れはせん。毎年、大晦日の鐘がなりだすと同時に、獲物をもとめるかのように腕をひろげ、除夜の鐘そっくりの咆哮をあげる怪獣を」
 それほど巨大な姿なのに、どうしてだれの目にもとまらないのか。
 いやそれよりも、どうして蒼海の目にだけうつるのか。その答えをしるには、人の心の深みにふみいり、煩悩の泥にまみれた魂のなぞにせまらなければならないのだろうか………。
 怪獣は、ときに歩みをとめて、その背をまるめ、口のさきがほとんど地面につくかにみえるまでに身をかがめた。
 たとえてみれば、地の虫をついばむ鳥の様子にさも似た。
 最初のころは蒼海にも、この不可解な怪獣の行動に、首をひねるばかりだった。
 いったん疑問に感じたらなんであれ、じぶんの足で現場におもむき、その目でじかにたしかめないでは気のすまない性分の蒼海だった。いつかの年の暮、人々で賑わうまちなかに、しゃにむにとびだしていったときの記憶を彼はたぐりよせた。
 まちには、どこをみても、この一年の間にどっぷり身にまとったあらゆる煩悩ではちきれそうになった老若男女が満ちあふれている。
 他人のことなどいっさい眼中になく、ただ自分の我欲がみたされさえすれば良いといった群衆が、われがちに、寺社仏閣めざして初詣にでかけてゆく。
 かれらをどうこういうべき言葉を、蒼海はもたない。人間の考案したどんな法が、かれらを正しい道に導くものやらそれさえ定かではなかった。おのれもまた強欲の泥にまみれた心をどうすることもできずにいるのに、なんで人に説法などできようものか。
 怪獣のたてる足音が地響きとなって大地をゆるがした。
 蒼海以外の人の目には、とらえることができない怪獣のはずが、はげしく大地が震動し、はやくもそこここで建物がひびわれ、砂煙をあげながら崩れ落ちているではないか。
 蒼海を心底驚愕させたのは、怪獣の口からひるがえるながい舌が、崩壊した建物の内部にすべりこんだとおもうと、その舌のさきに何人もの人間がまきつけられてひきだされてくるのがみえたときだ。
 怪獣はなおも、大地にちらばる人間たちを、ねばりつく舌先でつぎつぎにとらえはじめた。
 その光景はさながら、大地に聳えるアリ塚を、鋭い鉤づめで突き崩した穴から、舌をのばして数多の蟻を舐めとるアリクイの姿によく似た。
 なすすべもなく蒼海は、怪獣の舌にからめとられる人々の様子を、ただ茫然とみまもっていた。
 だれかに助けをもとめるにも、自分以外のものにはたして、この終末的できごとが目撃されているのか、はなはだ疑わしかった。
 それというのも、彼の周囲を行き来する連中の、そのうそのように落ち着き払った様子をみているととても、いま眼前でおこっている阿鼻叫喚の地獄図が正視できているともおもえなかった。
 晴れ着を着飾った女子供らは、初詣でふるまわれる甘酒にはやくありつきたいと、わき目も振らずに足をはやめる。また親たちはそんな子供たちの元気なありさまに、無心に幸福感に酔っていた。
 蒼海は、いいようのない無力感にさいなまれながらも、おのれにできることはこれしかないとばかり、ただひたすらにことのなりゆきを見尽くそうと、その目をとびださんばかりにみひらいた。
 と、これはどうしたことか、そのとき怪獣の動きがぴたりととまり、刺々しくざらついた鱗の全身が、きゅうにすぅっと色あせはじめたとおもうと、みるみる透明感がましていった。
 わけもわからず蒼海が目をこらしたときにはすでに、残虐のかぎりをつくした怪獣は跡形もなく消え、これまでさんざん破壊しつくした建造物はまるでなにごともなかったかのように整然と姿をあらわし、さらには怪獣にくわれたはずの人々もまた、どこかさっぱりした風情で路上を行き来しているではないか。
 そのときの、あっけにとられたじぶんの顔がみえるようで、蒼海はおもわず頬をゆるめた。
 そして怪獣が姿を消すと同時に聞こえた最後の鐘の音をいまも、はっきりおもいだすことができた。
 怪獣がたべたものこそ、人々の煩悩だったのでは………。
 確信こそないものの、そんなふうにおもえないこともなかった。あの怪獣もまた、殷々と鳴りわたる除夜の鐘が作り出した、夢まぼろしだったのだろうか。
 蒼海は、今年もまた出現した怪獣を遠くながめながら、ぼちぼち最後がちかづいてきた鐘の音に、ひとりしずかに耳をすました。


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