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若早称平さん

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五限目の苦悩

18/02/14 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:1件 若早称平 閲覧数:496

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「ねえねえ、坂口。ちょっとこっち来て」
 今日がバレンタインデーでなければ、なんてことない呼び出しだった。同じクラスの原田さんが手招きする。緊張のあまり食べたばかりのカレーパンを吐きそうになった。僕が彼女に密かに想いを寄せていることを知っている友人からの冷やかしと激励が遠くに聞こえた。
 彼女の後ろについて廊下の隅に歩いた。制服のポケットからのぞくチョコに期待が膨らむ。
 人気のない物陰で彼女が振り返った。ポニーテールが跳ね、少女漫画の主人公のような笑顔で僕に向き合う。その時点で世界が終わっても構わなかった。
「これなんだけど……」
 少し頬を赤らめながらポケットから取り出したのは真っ赤なハートがプリントされた包装紙だった。手紙も添えられている。もしもこれが義理チョコだったら僕はきっと人間不信になって三十歳過ぎまで部屋に引きこもるだろう。
「これを岩本君に渡してくれないかな?」
 チョコを受け取ろうと差し出した手の先から体がバラバラに崩れていく感覚に襲われた。よく立っていられたな、と自分を褒めてあげたい。
「坂口、部活一緒だよね。今日どうしても外せない用事があって。お願い。お礼になんでもするから」
 両手を合わせぎゅっと目をつぶる彼女の健気な頼みを断れる男がいたらお目にかかりたいものだ。僕は最新のロボットよりもぎこちない動きでそれを受け取った。
「ありがと。じゃあよろしくね!」
 そう言って僕の脇を走り去る彼女の後ろ姿を見ながら、昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いた。


 どうだったかを執拗に尋ねてくる友人達に曖昧な返事をし、席に座ると机の中にチョコを隠して溜め息をついた。古文の先生が教室に入って来たことにも気が付かなかった。
 いつの間にか始まっていた授業をぼんやりと聞きながら、机の中のチョコと原田さんの後ろ頭とを交互に見つめる。このチョコが僕宛ならば、原田さんのあのポニーテールが僕のものになれば、死んでもいいくらいだ。

 黒板には竹取物語の一節が板書されていく。かぐや姫が皇子達に無理難題を押し付ける場面だ。ノートをとるでもなくそれを眺めていて、自ら思いついた考えに思わず声が出そうになった。
 あの時、原田さんはなんて言った? お礼になんでもするって言ってなかったか? 口を押さえ、見開いた目でもう一度原田さんを見る。例えばお礼にデートをしてくれと言えばしてくれるのだろうか? キスがしたいと言ったら? 邪な欲望が頭をぐるぐると回り、それを打ち消すように頭を掻きむしった。原田さんはそんなつもりで言ったんじゃないだろ。冷静になれ、自分。
 気持ちを整理するために黒板を見るとさっきの板書はすでに消されていた。それはあとで誰かに写させてもらうとして、今はもっと考えなければならないことがあった。

 岩本にあげると言っていたチョコが実は義理チョコで、このお礼を利用して僕との仲を進展させるきっかけを作りたかった。なんてことはないだろうか? 僕と原田さんとはクラスでも仲のいい方だ。連絡先も交換している。でもそれはあくまで学校内の話でプライベートで遊んだりしたことはない。原田さんがそれを求めているのであれば……。
 いやいや、よく考えろ。あのチョコが義理な訳ないだろう。手紙も入っていた。そうだ手紙! その中にヒントが隠されてはいないだろうか?
 机の中に手を入れチョコの存在を確認する。リボンにはさまれ、ハートのシールで留められた小さな手紙は開封してもまた綺麗に戻せそうだった。慎重にリボンをどかして……。
 いやいや、それはいかんだろう。シールを剥がそうとしたところで思いとどまり、自分のしようとしたことにぞっとする。あやうく人として最低の行動をしでかすところだった。戒めのためにシールを剥がそうとした右手の甲をぎゅっとつねった。

 やはり原田さんは岩本のことが好きなのだろう。一周回ってようやくその結論に戻ってきた。ならば素直にこれを岩本に渡して、「なんでもする」の方は違うことに使おう。女友達を紹介してもらうなんていうのはどうだろう? それできっぱりと諦めがつくし、次の恋に進むのは良いことじゃないか。でももしも僕を試しているのだとすれば……。悶々と頭を抱える僕を嘲笑うかのようにチャイムの音がのんきに響いた。


 夕食を食べ終わり、部屋に戻ると原田さんから電話がかかってきた。
「渡してくれた?」
「ああ、うん。あのさ、お礼になんでもするって言ってたよね?」
「ありがと。岩本君から連絡なくてさ。で? なに?」
 言え! 言うんだ! 自分を奮い立たせる。
「……あの……さ……今日の五限目寝ちゃってさ、ノート写させてよ」
「うん。全然良いよ。じゃあ明日ね」
 切れた電話を手にしたままベッドに倒れ込んだ。この根性なしが!


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このストーリーに関するコメント

18/04/15 光石七

拝読しました。
思春期の男子のリアリティのある恋ゆえの苦悩、いじらしさ、かわいらしさ。微笑ましかったです。
主人公にはいい恋をして、幸せになってほしいですね。
楽しませていただきました。

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