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いっきさん

公務員獣医師として働くかたわら、サイトを中心に創作に励んでいます。

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かけがえのない温もり

18/02/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:1件 いっき 閲覧数:549

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今日はボーナス支給日。
パソコンの給与明細画面を見て心躍らせる。
僕も妻も誕生日は十二月だ。
綺麗な夜景の見えるレストランで、毎年豪華なディナーを楽しむんだ。

皆がボーナスにウキウキしていたその時。

「大変です。県内養鶏場で鳥インフルエンザ陽性が確認されました」

電話を受けた同僚が青ざめて言った。
僕達、県職員は皆、凍りつく。



その養鶏場では10万羽以上の鶏が飼養されている。
その全ての鶏の殺処分が始まった。

その日から、僕達の残業の日々が続いた。
養鶏場での、数えきれないほどの鶏の殺処分。
膨大な量の事務処理。
目が回るほどの忙しさで、休みは一日もない。
帰宅はいつも深夜を回った。

勿論、妻と恒例のディナーなんて行ける筈もない。
でも……妻はいつも僕が帰宅するまで起きて待っていてくれて、

「あなた……大丈夫?」

と気遣ってくれた。

「大丈夫だよ。梨沙は心配なんてしないで、早く寝なさい」

僕はいつもそう言いながらも、殺処分した鶏達の姿が頭から離れず……睡眠薬を服用しなければ眠れない日々が続いた。



年が明けても暫くはそんな日々が続いた。
しかし、一月の給料日の頃にはやっと収束、落ち着いてきた。
給与明細の画面を見て給料を確認した僕は目を見張る。

「すごい……」

そこには、ボーナスの倍を超える額の残業手当が入っていたのだ。



「梨沙! 見てよ。すごい額の残業手当だろ! 誕生日は祝えなかったけど、これで何でも好きなことができるし、好きなものが買えるよ。何が欲しい?」

久しぶりに早めに帰った僕は、意気揚々と妻に言った。

しかし、妻は目にうっすらと涙を浮かべている。

「あなた……本当に、大丈夫? 無理してない?」

「えっ? 何を言ってるんだ。僕なら大丈夫だってずっと言ってただろ」

僕は、強がる。

「でも……あなた、本当はずっと泣いていた。本当は……鶏を殺したくなんかなかった。私には分かるの。だって……あなたの妻だもの。分かってるから。あなたのことは全部、分かってるから。もう、無理しなくてもいいのよ」

妻のその言葉に、僕の今まで抑えていた想いが怒涛のように溢れ出した。

「僕……本当は、あんなに沢山の命を殺したりなんかしたくなかった。ボーナスも……こんなに沢山のお金もいらない。殺したりなんか……したくなかったんだ」

目からとめどなく涙が溢れ出す。
そんな僕を妻の腕がそっと抱きしめた。

ボーナスよりも……多額の残業代よりもずっと大事な、かけがえのない温もりがそこにあった。


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このストーリーに関するコメント

18/02/18 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
鳥フル発生時の混乱はきっと大変なものだと思います。従事者や資機材の移送。養鶏場近辺の移動制限。車両の消毒。従事者の健康管理体制の確保。24時間以内にはポリバケツ等でガス殺。焼却するなら移動式焼却炉の確保。立地によっては、近辺を掘り返してフレコンバッグで埋却。それも72時間以内。マスコミ対応もあるでしょうし、国への報告もある。
忙殺されつつも、感染防止には他に方法がない。ヒトヒト感染になったら収拾がつかない。自分だって感染しない保証はない。頭での理解と、心の動きのズレは如何ともしがたいものですね。主人公は気持ちを吐露できる相手がいるのが救いでしょう。

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