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君形チトモさん

「きみがた チトモ」と読みます。

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逢瀬の星酒

18/01/29 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 君形チトモ 閲覧数:441

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 陣来はボトルを手に取って、グラスにワインを注ぐ。七日前までただのワインだったはずの中身は漆黒の液体となっており、部屋の明かりでちらちらと小さな光がいくつも瞬いた。この酒は四年前に死んだ恋人だ。正確には、星となった恋人の、欠片を閉じ込めた酒である。
 恋人がデートの帰りに事故で亡くなった時、まだ大学生だった陣来は、同じ大学で知り合った、人生初の恋人と青春を謳歌していた。まさしく青天の霹靂、葬式では少しも泣けなかった。ようやく泣けたのは、四十四日もそろそろ終わる頃、ペアリングが目に入った時だった。あの時家まで彼女を送っていたら。陣来は悔やんだ。
 いつか恋人との時間は遠い過去となり、記憶から風化していく。今よりももっと若かった陣来はそれが嫌だった。陣来はほんの数ヶ月前に覚えたばかりの酒に逃げた。逃げたと言っても、大学が終わってバイトのない日は適当な居酒屋やバーへ、という程度だが。ともあれそんなある日、ふらりと立ち寄ったバーのマスターとの話が、陣来に一筋の光を与えた。聞き上手のマスターに泣きながら恋人のことを打ち明けた陣来へ、マスターは秘密のプレゼントを手渡すような声で静かに告げた。
「……そんなに忘れたくないのなら、ありますよ、方法。しかも会えるんです。たったの一度だけ。『人は死んだら星になる』って聞いたことありませんか。あれ、本当なんですよ」
 マスターが教えてくれたのは、星になった人の一部を酒に閉じ込めて、それを飲み干すという方法だった。星になった人の生まれた年と同じ年に作られたワインを用意して、白無地の、できれば陶磁器の器に入れる。そして星空が器の中のワインいっぱいに映るように屋外に置く。それを一週間、毎晩繰り返す。最後の夜は、必ず流星雨の日にする。すると七日目の夜に、空から落ちてくる星屑にまぎれて、星の欠片が、酒に飛び込んできてくれる。流星雨が終わったら朝日が昇る前に蓋のついた容れ物にいれて、それを飲めばいい、と。
 以前の陣来なら、笑い飛ばして終わりだっただろう。だが藁にもすがる思いで陣来は、マスターの教えてくれた方法を、その果てにある恋人との再会を支えに立ち直った。大学は無事卒業、就職もできた。卒業する前にマスターにお礼が言いたいと思ったが、店の名前も店にどうやって行ったかも覚えておらず、結局礼を言えないまま大学を卒業した。
 三年以上四苦八苦してようやく陣来は、マスターの教えてくれた通りに、流星雨を浴びた酒をボトルにおさめた。つい昨日のことだ。そして今、自室でワイングラスを手にしている。ワイングラスにおさまって輝く、手のひら大の星空。今でも正直半信半疑ではある。他にすがれるものがなかったから飛びついただけで、心から信じているわけではなかった。でももしかしたら、という期待にすがりたかったから、陣来はそれに従った。そして七夜を経て色が変わり、まさに星のような美しい輝きをまとったワイン。眺めているうちに、本当にもしや、という気持ちがふくらんでくる。
 また会えたら、恋人に謝りたかった。デートの帰り、些細なことで喧嘩をした。いつもなら、陣来はデートの帰り、必ず恋人を家の近くまで送っていた。だがその日は気まずくて、駅で見送って陣来は帰った。いつものように家まで送っていれば、彼女は死ななかったかもしれない。喧嘩のことも、彼女を死なせてしまったことも、どちらも謝りたかった。許さなくていいから、ただ謝りたかった。
 陣来は覚悟を決めて、グラスに口をつけ、液体の星空を一気にあおる。口に入ったワインはひんやりと冷たいのに、喉を通った瞬間燃える星のように熱く弾けた気がした。一息に飲み干すと、目から星が出たように目の前がチカチカする。グラスを置く。アルコール度数は普通のはずなのにやけに体が重たくなって、陣来は思わずその場に座り込む。クラクラと揺れる世界、光る世界の向こう、陣来は懐かしい恋人をついに見た。意図せず涙があふれる。床が波打っているのではと思えるほどおぼつかない足元で、陣来は恋人に腕をのばす。恋人も手をのばしてくれて、陣来は彼女を四年ぶりに抱きしめた。ごめん、ごめん、と子供のように泣きじゃくる陣来の背を恋人が撫でながら、自分の手にもう片手を重ねてくれた気がした。

 はっと我に返ると、陣来は自室の床に仰向けで寝転がっていた。恋人はどこにもいない。ワインはしっかり飲み干されていたが、ワインボトルの中のワインは、果たしてあの星屑に光る漆黒は見間違いだったのか、ただの赤ワインとなっていた。陣来は己の頬に手をやる。引きつったような涙の跡が残っていた。その時、いつも指にはまっていた感触が足りないことに気づく。いつの間に落としたのだろうか。いや、間違いなくワインを飲むまであった彼女とのペアリングが、指輪の跡だけを残して消え失せていた。


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このストーリーに関するコメント

18/02/03 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
半信半疑と自覚しつつも、すがらずにはいられない主人公の悲痛を思うと苦しくなります。『生まれた年と同じ年に作られたワインを用意』するという条件が、コンテストテーマならではの設定に感じられ、なるほどと思わされました。ペアリング消失が何を暗示しているのか気になるところです。

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