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志水孝敏さん

いろいろ書いています。 時空モノガタリ文学賞作品集書き下ろし含め掲載。小説現代ショートショートコンテスト・小説の虎の穴・Book Shortsなど入賞。 第1・2回ショートショート大賞最終選考、カクヨム(ちょっとだけ)ジャンル1位獲得。 Twitter→@shiz08

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飲みながら書きました

18/01/29 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 志水孝敏 閲覧数:348

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はーい、どうもこんにちは、志水孝敏です。
今日はですね、締切ギリギリと言うかですね、あのー、今月からですね、
こちらの時空モノガタリさんのサイトの方が、月一での賞の開催になったんですね。

それで、自分ちょっと勘違いしてまして、月一回ということは、
「ああ、じゃあ月末までオッケーなのかな?」と思ってたんですが、
そうじゃないと。
いままでと変わらず、四週かな? そこで締切が来るんですね。
つまり今日です。
あと二時間です。

というわけで、テーマが酒と言うことでですね、
じゃあいっちょ、「飲みながら書いてみるか!」ということで、
このような蛮行に至っているわけですね。

えー、今ですね一杯やりながら、これはサッポロクラシックですね、ビール、
北海道でしか売っていない特別なビール、
これをですね飲みながら、やっているんですけども、
これがねぇ、うまいんですね〜、ドイツ式の醸造法を使っていまして、
原材料は麦芽とホップのみ、
穀物の甘さと、さわやかで旨みのある苦み、
後味も大変優しくてですね、ぜひとも、こっちに来たら、
飲んでほしいビールですね、あ、自分は、札幌在住なので。

しかしこれなあ、どうなんだろうか。
たとえば、いまベーコンとシメジのアヒージョを作っていて、
これがまあまず間違いないの無いすばらしいつまみなんだけれども、
けどこういう話をして何になるんだろうか?

最近は、たとえばYoutubeの生放送とか、
そういうコンテンツもあるけれど、あれはじつに不思議なもので、
もちろん頑張って内容を考えている人もいるけれど、
普通の人の何気ない日常の呟きも多い。
そういうものがウケているんですね。
これってとても面白いと思う。

たとえば、文学だと私小説と言うのがあったけれども、
いや、いまもあるけれども!
というよりも、文学にあるとかあったとか、
そういう区分があるのだろうか。

たとえば、タイプライターを打つ猿という思考実験がある。
猿は意味が分かって打っているわけではないが、
猿が無限匹いたら、いつかはシェイクスピアも、ボルヘスも、
プルーストも、あらゆる組み合わせが実現してしまう。
そもそも、無限匹サルがいるという前提がおかしいのだが、
またその中から意味のある場所を取りだしてこれるのは人間がいるからなのだが、
ここの眼目としては、文学と言うのはどこにあるのか、というところだ。
けっきょく、文学というのは、読んだ人の心の中にしかない上に、
作者というのは、こうして、いま、
この瞬間、書いている瞬間、存在するのかしないのか、
わからない瞬間にだけ作者なのであり、それが終わればもうすでにただの一読者になっている。
(にんにくの利いたオリーブオイルでほどよく火の通ったシメジを食べ、ビールを飲み切って赤ワインに切り替える)

たとえば、誰もが認める天才小説家が、
なにかの間違いで遠未来に飛ばされたとして、
では彼は小説家でいられるかと言うと、
いられる、というのは、彼の作品を我々が読むことができるからであって、

しかし、誰それが小説家であるというようなカテゴライズというのは、
不要なものであるとも思い、
ネット上には小説そのものを書くよりも小説家になりたい人びとが溢れているようでもあるが、
むしろ、文学というのはどこに産まれるものだろうか、
ということの方がずっと建設的なのではないか。

思うに、文学というのは、行動の中に産まれるのではないか。
行動というのは、政治的活動である必要はなく、
何事かが起きて発達していく過程で生まれるということだ。
アルチュセールの話などもしたくなるが、それはおいておく。

たとえば、ある小説のあらすじを読んだとして、
それでその小説を読んだ……ということにはならない。
読んだ振り、はできたとしても、読んだのとは違う。
もちろん、ストーリーが最重要となっている小説もあるが、
そうだとしても、伏線の匂わせ方であるとか、
サスペンスの緊張感、何が起きるのかわからない恐怖、
そうしたものを体験している時間そのものが作品を形作っている。

これは、ゲームに例えると、
あるいは、酒に例えると(ここを思いついてちゃんとオチがつけられそうになって喜んでいる)わかりやすいのではないか。
勝ち負けがあるゲームで、過程をすっ飛ばして、
結果だけを得ても楽しくない。
もし楽しかったとすれば、じゃんけんは大人気ゲームになっているはずだ。
また、酒と言うのも、
味を楽しみ、つまみとの相性を寿ぎながら、
リラックスし、高揚していく部分が楽しいのであって、
ただ酔うだけでいいなら血管にアルコールを注射すればいいのだ。
生まれてすぐにいい墓を買えばいいのだ。
しかし、人間はそうではない。いいのかわるいのか。

酔ってきた……。


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