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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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酒のカップに咲いた花

18/01/29 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:325

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 この仕事を始めてから、冬は天国だと思うようになった。寒いので臭いが幾分マシだからだ。孤独死というワードが世間に広まったのはいつ頃だろうか。俺が小学生の頃にはなかった気がする。昔も孤独死はあったのだろうが、社会問題化するほど数が少なかったのかもしれない。今のままでいけば自分が死んだら絶対に孤独死だろうから、死ぬとしたら冬がいいな。後片付けをする人にかける迷惑を少しだけ軽く出来そうだから。死。それは俺みたいな三十二歳の男にとっても決して無関係ではない。ある晩突然心臓が止まる可能性はゼロじゃない。そしたら連絡を取り合う人間のいない一人暮らしの俺の死体は誰がいつ見つけるのだろう。自殺なら親に「これから死ぬのであとよろしくお願いします」と電話してから死ねばいい。しかしオレオレ詐欺と勘違いされる心配もあるか。母さんならまだしも、親父だったら最悪だ。「おまえ誰だ」「俺だよ、シンだよ、父さんの息子」「息子はとっくに死んだ」と言われるのがオチだ。出来の悪い息子の事など父親の中ではもはや死んだも同然かもしれない。生きているけど死んでるって幽霊よりタチが悪い。大学卒業後、親父のコネで入った会社を半年で辞めた時「おまえは親の顔に泥を塗った。この家から出てけ。勘当だ」と父親から言われ、それから実家との縁は切れたまま。母親には今住んでいるアパートの保証人になってもらったので、住所や電話番号は知らせてある。時折食べ物の小包や元気でいるかみたいな短いメールが届くが、それに対して俺は特に連絡しなかった。
 あの時「石の上にも三年」という格言通りに頑張っていたら確実に自分は壊れていただろうという変な自信がある。それでも頑張れる人はいて、親にすれば、それでも頑張れる人になって欲しかったのだろうが自分はダメだった。親に理由も告げず相談もなく辞めたのは悪かったと思うが、あの時の俺はあれが精一杯だった。以後このアルバイトで食いつないでいるが、このままでいいのかと自問自答しながら十年が経つ。もとより自殺する度胸もない。だから生きているしかない。ダメな自分の悲しい現実だ。
 今日、遺品整理するのは1Kアパート。元住人は八十代の男性。隣の住人が異臭がすると大家に訴え、布団の中で遺体が発見されたそうだ。
「死後三週間だったって」トラックを運転しながら社長が言う。
「フトン キツイ デスネ」隣の席に座っているペドロが答えた。彼は日系ブラジル人で日本に出稼ぎに来ている二十三歳の男。彼がこの仕事を始めてから一年ほど経つ。日本語学校で知り合ったブラジル人の女の子と同棲中らしいから孤独死とは無縁の羨ましいご身分だ。
 遺体が長期間放置されていた布団は、ずしりと重いのを皆知っている。その成分が何かは知りたくもない。心にシャッターを下ろして、ただのゴミとして捨てるのみ。でもまあ、冬だ。
 現場に着きドアの前で三人で手を合わせる。ペドロは胸の前で十字を切った。いつもの儀式だ。部屋に入りまず窓を開けて作業を始める。こたつの上には眼鏡と年季の入った茶色の財布。中には数枚の紙幣と小銭。現金やカード、預金通帳、印鑑などは依頼主に渡すのが決まりだ。布団はやはりぐっしょりと重たく、布団を運びだしたあとの畳は腐りかけていた。
「シャシン、ドウシマスカ?」整理ケースを開けたペドロが訊く。
「写真も要らないってさ。要るのは現金か金になるものだけ」社長が答えた。今日の依頼主は死んだ老人の子供らしい。親子の縁は生きている頃からすでに切れていたのだろうか。俺みたいに。
 それなら作業は楽だ。ほぼ全てをごみ袋に入れればいい。
 小さな台所に置かれたゴミ箱は日本酒のワンカップの空き瓶で一杯だった。床にもそれらは並べてあった。社会の底辺で生きていたような老人とワンカップ酒。これ以上ない侘しさだ。几帳面な性格でもあったのか、そのカップは一様に青いラベルを表に見せて整列し壁に沿ってピラミッドの様に積み上げられていた。
 台所の窓枠に置かれたワンカップの瓶に黄色い花が挿してある。じいさんが散歩の途中で摘んで帰ったものだろうか。枯れずに咲いているのが奇跡にように思えた。侘しさしか感じない酒の瓶が花一輪でこうも美しく感じるのはなぜだろう。
「たんぽぽ、か。雑草は強いや」俺がそいつを指さすと
「ブラジル デハ ダンデリオン ト イイマス」とペドロが言い、それを捨てようとするので、俺はそれを制した。
「薄情な奴だな。そいつ、生きてるぞ」
「デモ カネ 二 ナラナイ」
「金よりもっと尊いものだぞ」
「ヨゴレタ ミズ ト ダンデリオン ト サケ ノ カップガ?」
 ダンデーリオン、のところだけ、舌を巻き流暢にペドロが発音したのが妙に可笑しかった。
「ああ、そうだよ」
 そう答えながらも、なぜそれが尊いと思ったのか自分でもよく分からない。


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