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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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その血が酒の味ならば

18/01/28 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:439

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 俊也は「蓮村」と表札の出ているドアのチャイムを押した。欠席の続いている男子生徒にプリントを渡すよう、担任に頼まれたのだ。
 俊也は窓際で佇む蓮村の横顔を思い出す。言葉を交わしはするが多く話したこともない。蓮村と自分は、違うジャンルの人間だと思っていた。
 ドアを開けたのは親ではなく欠席した本人だった。
「柏木?」
 蓮村は具合の悪そうな様子もなく俊也の名を呼ぶ。
「風邪だと思ってた」
「ううん、風邪ではないんだ。わざわざありがとう。何か飲む?」
 暖房が効いている室内に招かれた。部屋には菓子だか紅茶だかの甘い香りが満ちて漂っている。高級な菓子でも出してもらえるかもしれない。
「風邪じゃないなら何で欠席してるんだ?」
 蓮村の淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。
「――そう、だな」
 適当に投げかけただけの疑問に奇妙な沈黙を挟まれる。
「僕の血がお酒になったからだよ」
「……何言ってんだ、お前」
 蓮村は微笑のような表情をする。
「だから、僕の血がお酒になってしまって」
 冗談にしては茶化す風も無くそう言う。
「酒って」
「今日はだいぶアルコール濃度が高くてね。教室にいたんじゃみんなが酔ってしまうと思って休んだんだ」
「……血が酒になんかなるわけないだろ」
 からかっているにしても荒唐無稽すぎて、俊也は怒ればいいのか呆れればいいのか分からない。
「なってしまったから困っているんだ」
 蓮村は静かに紅茶を口に運ぶ。
「ここしばらくは血の変化もなかったから油断してたよ。前はね、クラスメイトの一人がひどく酔ってしまって大変だった」
 吸血鬼みたいに、とシャツの襟元を緩めて首筋をさらす。
「ここをがぶりと」
 噛みつかれたよ、とくすくす笑う。
「からかっているのか」
「違うよ。柏木がわざわざ来てくれたから、せめて事情を説明しようと思って」
 シャツを直して「気を悪くさせたならごめん」と謝る。
「空気にね、漂ってしまうんだ。お酒に弱い人や酔いやすい人には僕の血は良くない。だから閉じこもっていないと」
 肩を落とす。蓮村ははしゃぐようなタイプではないが、スポーツでも何でも楽しそうにやっていた。外に出て行動するのが好きな性質なんだろう。それがこうして閉じこもらなければならないのなら、気持ちも滅入ってしまうだろうと俊也は同情した。
 ふと、蓮村がこちらの様子を伺う様子を見せる。気付かないんだね、と呟いた。
「閉じこもっているってことは、この部屋に充満しているんだよ」
 僕のお酒の香りが――と言う。
「……しなかったぞ、酒の匂いなんか」
「こんなに満ちてるのに」
 ティースプーンの音がいやに響く。
「飲んだことないんだろう?」
 俊也の両親は二人とも下戸で一滴も酒の類を口にしない。そのため酒の味どころか香りすらも身近にはない。友人たちと違って隠れて味見をしたこともないのを少なからず気にしてはいた。
「味見をしたこともないなんて、わりと真面目なんだね」
 揶揄されてむっとした。カップを乱暴にテーブルに置く。先ほどからの悪ふざけのような言葉にも反感を覚え、狼狽えさせてやりたいという思いもあった。
「――味見なら、いま」
 手を伸ばして蓮村の腕を強く引く。服からのぞく手首に、そのまま噛みついた。
「……っつ」
 蓮村が顔をしかめて声を出す。血が出るまで噛んでいようと思ったが、肌には歯形が残るだけだった。何かが強く鼻腔に香る。
「不味い」
 口を離して呟く。
「……ひどいな」
 服の上から手首を押さえて蓮村が苦笑する。
「飲んでもないのに不味いだなんて」
「酒でも血でも、お前のはきっと不味いさ」
 でも――と蓮村は言う。
「飲まなくても、柏木なら香りだけでもきっと酔うよ」
 あっそ、と俊也は荷物を持って立ち上がる。
「俺はもう帰るからな。ごちそうさん」
「ちゃんと飲んでいけばいいのに」
「飲んだろ」と空になったカップを指す。そっちじゃなくて、という声は無視しておいた。

 エレベーターの中で大きく息を吐く。甘い香りがまだ漂っているような気がした。口を拭って噛みついた肌の感触を忘れようとしたが、しばらく消えそうにない。
 何をしてるんだ、と頭を抱えたくなる。
 自分のとった行動に内心で驚いていたが、いやに余裕な蓮村の手前、意地でも動揺する姿を見せたくはなかった。
「酔ってた方がマシだ」
 ――素面でとった行動だなんて、誤魔化しようがない。いっそ本当にあいつの血が酒ならば、酔わされたんだと言えるのに。
 明日は出席するから、という蓮村の言葉に怒りすら感じる。冗談だよ、と別れ際に蓮村は言っていた。
『インフルだったんだよ。もしも伝染ったらごめんね』
 今度は本当に頭を抱える。
 ……やけに熱くてくらくらするのは、きっとインフルエンザが伝染ったせいだと思いたかった。


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このストーリーに関するコメント

18/01/29 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
なんとも色々な想像を掻き立てるストーリーでワクワクしました。
血がお酒になった、のも、インフルエンザだったのも、どちらが嘘なのかどちらも本当なのか?
柏木君が「違うジャンルの人間」だと思い込んで距離をとっていただけなのか?とか……
とにかくワクワクしました。有り難う御座いました。

18/02/03 待井小雨

のあみっと二等兵 様

お読みいただきありがとうございます。
この話は、自分の思惑通りには仕上げることができなかったかなー……と悩んでいたので感想をいただけて嬉しいです。
わくわくしていただけたとのお言葉、ありがとうございます!
二人の会話の何が本当なのか、何を言っているのかなどはご想像にお任せします(^^)

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