W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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馬脚

12/12/23 コンテスト(テーマ):【 喫茶店 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1920

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 早苗は、テーブルの向こうから話す友樹の声に、うっとりと耳を澄ました。
「それでさ、おれ、課長のやつにさ、なにをばかいってやがるんだって、かみついてやったんだ。そしたらさ、課長のやつ、目にみえてたじろいちゃってさ―――」
 このぽんぽんととびだす歯切れのいい関東弁がたまらなかった。
 彼とは、あるボンティアでしりあって、一年がたつ。関西訛りがとびかう連中のあいだにあって、はきはきと響く彼の東京言葉に、彼女の心はひきつけられた。彼、東京出身なのかしら。
 いつもの喫茶店で、お互いの会社がひけたあとに、ほとんど毎日のように早苗と友樹はあっていた。べつに、何を話すというわけでもなかったが、彼女はこの、友樹のシャープな語り口に耳を傾けているだけで気分がサッパリした。
 会社にいるときや、友たちといっしょにいると、ここが大阪なのだからあたりまえといえばあたりまえだが、耳にはいってくるのは関西弁ばかりだった。
「ほんまやな」「そんなんあかん」「アホなことゆうてんと、はよせー」「けったいなこと、いいなや」
 耳のなかに、そんなことばが、湯に浸した根昆布のように、ねばねばとからみついてきた。
 関西訛りがだめだとはいわないが、そのもっさりした調子にはやっぱり、早苗は抵抗をおぼえた。
「わたし男のひとの関西弁きくと、みんな漫才やっているようにおもえてならないの。まじめにやってよと、言い返したくなるわ。その点、あなたといっしょにいると、ほんとにほっとする」
「おれってこれ、ふつうにしゃべってるんだけどな」
「それはわたしにもわかるわ。こうしてしゃべっていても、ぜんぜん違和感ないんですもの」
「ティーはのみおえたから、なにかパスタでも、たのもうか?―――」
 友樹は手をふってボーイを呼んだ。
「はい、なんですやろ?」
 まるでいまの早苗の話を裏書きするかのような、大阪弁まるだしでボーイはたずねた。
*    *   *   *   *   *   *   * 
 一時間後、店を出た二人は、わずかにふった雨に光る路面を、肩をよせあって歩いていた。
「寒くなってきたけど、大丈夫かい?」
「あなたとこうしていっしょにいると、だいじょうぶよ」
「うれしいこと、いってくれるね」
「いつまでもこうして、歩いていたいわ」
 早苗は彼になおもよりそうと、二人のたてる足音に心地よく耳をすました。それはまるで自分たちがかわしあう、きびきびした東京言葉のように、軽快にあたりに響きわたった。
 この夜の寒さは、格別だった。
 今年はじめての寒波がおしよせ、路上をいく薄着の通行人たちはみな、身をちぢこませてふるえあがった。
 その影響か早苗は、翌日は熱がでて、会社をやすむはめになった。
 昼過ぎまでベッドで横になっていた彼女は、熱もちょっぴりさがりだし、いい加減退屈になってきた。
 昨夜の彼との会話をおもいおこしたりしているうち、むしょうに友樹の声がききたくなった。彼の、さわやかな口ぶりにふれたら、風邪なんかたちどころに治ってしまうようにおもえた。
 いまなら彼も、会社の休憩時間のはずなので、早苗は携帯を手にとった。
 どうしたわけか、いくら呼び出しても、彼は出なかった。
 なにかの仕事の途中なのか、あるいはトラブルにでもまきこまれたのか………彼が携帯にでない、でられない理由が山となって彼女におしよせた。
 もしかしたら………。
 早苗はある種の予感にうながされて、友樹のアパートの卓上電話にかけてみた。
 彼もわたし同様、昨夜の寒さで、風邪をひいて寝こんでいるのかもしれない。その早苗の不安は、三回の呼び出しの後にあがった相手の受話器で、ほとんど確信に変わった。
「もしもし、友樹さん?」
 最初に咳き込む音がきこえて、そのつぎにひどい鼻声で、
「ああ、おれや。風邪ひいて、わややねん………」
 早苗はおもわず、かけまちがえたのかと思った。彼なら当然、きっぷのいい東京言葉が返ってくるはず。
「なにだまってんねん。早苗やろ?」
「―――あなたほんとに友樹さんなの?」
「おれやのうたら、だれやねん」
「大阪弁まるだしじゃない」
「しもた! ほな、またかけるわ」
 それきり、電話は切れてしまった。
 しばらくのあいだ早苗は、受話器をもとにもどすこともわすれていた。
 まだ耳のおくでは、彼の言葉がナメクジのようにのたうっていた。
 本当の彼は、いま電話で聞いたとおりの、コテコテの大阪弁だったのだ。東京弁なら、バカな女の気をひけるとおもって偽りつづけてきたのが、風邪で、うっかり馬脚をあらわしたというわけだ。
 そのばかな女が自分だとわかると、早苗はかちんときて、
「ほんまに、いい加減にしてほしいわ。好かんタコ!」
 つい本音が口からとびだした。


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このストーリーに関するコメント

13/01/02 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

関東弁で頑張っていたけれど、本音が出ちゃったんですね。

関東弁に憧れる人いますね。実は我が息子(下)が、そうなんです。やはり格好いいと言います。でも、関西人には関東弁嫌いな人もいます。

どちらにしろ、中身は同じなんですから、無理しないのが一番と思います。面白かったです。

13/01/03 W・アーム・スープレックス

草藍さん、コメントありがとうございました。
じつはこれ、友達がモデルの、なかば実話です。
風邪をひき、おもわず関西訛りがとびだしのは、脚色なしです。
だいぶ以前に、友達から聞いた話がヒントになっています。
たたし、いまの若い関西女性が、好かんタコとはいわんでしょうね。
私個人は、大阪弁は大好きです。

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