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紅茶愛好家さん

他所でも別名義にて活動中です。 作品書いては毎度家族に読んでもらってます。面白い作品が書きたいなあと試行錯誤中。作風は真面目なのからふざけたのまで色々書こうと思っています。

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月の夜に

18/01/19 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 紅茶愛好家 閲覧数:950

時空モノガタリからの選評

静謐な夜の空気の中、生み出される端正な料理たち。その淡々と丁寧で熟練を要する工程を記した描写がなんとも魅力的で、ついつい引き込まれました。会話がさほど多くないのにも関わらず、登場人物たちの信頼のおける人柄や落ち着いた個性が静かに伝わってくるようであるのは、そのような料理の描写が一つの要因なのかもしれません。ぜひこの店で食事をしてみたいですね。 ラストシーンも美しく印象的でした。上弦の月の下、交わされる初めての酒の味は光太にとって忘れられないものになったことでしょう。テーマをうまく生かした作品だと思います。

時空モノガタリK

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上弦の月が出ていた。
底冷えする寒さのなか、月明かりを頼りにキンと冷えた井戸水で野菜を洗う。木製の勝手口からは客の楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてくる。
「光太、来るついでに紅さつきを持ってきてくれないか?」
勝手口が少し空き、店主銀次が声を掛けた。光太は振り向いて首を伸ばし「ハイ!」と返事をした。
光太は野菜と一緒に冷やされていた薩摩焼酎『紅さつき』を水から拾い上げタオルで水滴を拭った。カウンター式の店内に戻ると銀次にビンを手渡した。銀次は冷えたグラスを冷蔵庫から取り出し大きな氷を二個入れて焼酎を八分目注ぐ。
「はい、お待ち」
「ああ、今日も冷えてるなあ」
受け取る常連客坂口の顔は嬉しそうだ。それをちらりと見届けると光太は洗った大根を半分に切り落とし桂向きを始める。スルスルと剥けていく大根を見て坂口が顔をほころばせる。
「光太君、上手くなったなあ」
「いえいえ、まだまだですよ」師匠の銀次がはにかんでいる。光太は真剣な面持ちでけんを刻む。出来たけんを皿に乗せ、それを銀次に渡すと銀次が捌いたばかりの刺身を盛った。旬のキンメダイ、脂がのっていて味がよくこの時期非常に美味い。坂口は目を輝かせてそれをひと切れ頬張った。
「おーいしいなあ」
今にもとろけそうな表情だ。今度は紅たでとワサビを乗せ口に放り込むと焼酎でぐいっと流し込む。「大将も一杯やりなよ」と言うがそれを銀次は「店がありますから」と丁重に断る。
「店なら光太君がいるじゃないか?」
「嫌ですよ、まだまだ半人前なんだから。ゆっくり酔えやしないよ」
光太は笑みを浮かべながら残りの大根を四センチ間隔に切り分け皮を剥き面取りをする。それを鍋に入れて米のとぎ汁を注いだ。火にかけると銀次の捌き終えた鰻に串を打つ。最近ようやくさせて貰えるようになったのだが、打つときはいつも緊張する。「終わりました」と声を掛けると銀次が「丁寧だがもちっと早くやりな、鰻が待ちくたびれちまうよ」と言った。
鍋の前に行き、大根に串がスッと通り、頃合いなので煮汁を捨て水で洗った。空の鍋に昆布を敷き、湯がいた大根を並べ水を張り塩と醤油で薄味に調え煮込む。別の鍋に味噌とみりんと砂糖と水を入れ田楽味噌を作る。大根に味が付くと火からおろして皿に乗せた。上に田楽味噌をかける。
「坂口さん、味見てくださいますか?」
「いいよ、今日はふろふき大根か。美味しそうだなあ」
光太は営業時間の合間を見て修行を兼、忌憚なく意見を言ってもらえる常連客相手にだけ自作の料理を提供することを認められている。五年近く勤めようやく許しを得た行為だ。ただし、半人前なので代金はとらないという条件付きで。坂口は大根にスッと箸を通す。「柔らかい、良く炊けてるよ」と言いながら大根をひとかけ口に運ぶ。「おお熱い」と言ってハフハフしている。それを飲み込むと酒を煽った。光太はじっと黙って言葉を待った。坂口は酒を飲み、じっくり目を閉じそれからゆっくり話した。
「美味しい」
 光太の顔がぱっと明るくなる。それを遮るように坂口が「ただし……」と言葉を繋ぐ。
「大将の味には及ばないな」
「そうですか」思わず肩を落とす。
「他所じゃお金も取れるだろうが、この店じゃお金は取っちゃいけないな」
「はい」
「大将から盗める物はまだまだあると言うことだよ、気を落としなさんな」
「ありがとうございます」
光太が門戸を叩いたのは五年前の冬のことだった。ふろふき大根のあまりの美味しさに感激して弟子入りしたいと懇願したのだ。最初銀次は、弟子は取らない主義だと渋っていたが料亭を営む両親からの「他所で修行させたい」という願いもあり晴れて認められた。高校を卒業してからでも、という銀次を押し切り中卒で田舎から上京した。始めは叱られてばかりだった。それでもめげずに修行を続け今日がある。
営業が終わり勝手口からゴミ捨てに行くと銀次が石に腰かけ酒を飲んでいた。そばには光太の作ったふろふき大根の残りがある。少し食べたようだ。わざと気付かないふりをしてゴミをポリバケツに入れに行くと銀次が背後で呟いた。
「上手くなったなあ」
光太が振り向くと銀次が珍しく笑っていた。
「食ってみろ、美味いぞ」
そう言って勧めてくる。光太は隣に腰かけひとかけ食べた。やはり銀次の物に遠く及ばない。
「坂口さんはああ言ってたがオレは店に出しても恥ずかしくない味だと思うぞ」
「師匠、俺……」
「まあ飲め」
上機嫌でグラスに酒を注ぐ。紅さつきの残りだ。
「オレまだ十九です」
それを聞いて銀次は腕時計を見た。
「きっかり二十四時、お前今日誕生日だろう?」
「え、ああ、そういや……」
「お前は二十歳だ、記念さ。今宵は上弦の月、じっくり月見酒といこうじゃないか」
光太は笑んでグラスを受け取る。生まれて初めて飲む酒はほろ苦く、けれども暖かかった。


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このストーリーに関するコメント

18/01/20 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
ふろふき大根の描写への力の注ぎ方に、作者様の並々ならぬ愛情を感じられ、じっくりと読むことができました。主人公・光太が許された板場での数々の挑戦が、誕生日だからとかそういう理由ではなく、彼の真摯な姿勢あってこそのものだと伝わってくる話立てに好感が持てました。『けん』や『紅たで』という単語を知ることもでき勉強になりました。

18/01/21 紅茶愛好家

凸山▲@感想を書きたい様

コメントありがとうございます!
字数制限に悩み大好きな紅たでを削るべきか否か迷っていたのですが、入れて良かったです。
ちなみに、けんは我が家ではスライサーで作ります。
包丁一本で作り上げてしまう日本の職人さんには頭が下がります。

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