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ぜなさん

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夏の酔い

18/01/16 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 ぜな 閲覧数:417

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 シャツにスーツのズボンってこの暑い夏を凌ぐのには適していない。だけど仕事上この格好が勝負服なので脱ぐわけにはいかない。
 暑さでだるく重くなった体を引きずりながら、会社に戻る。さあっと体に吹き抜ける冷たい風が気持ちいい。冷房の涼しさを体全体で感じていると、同僚の渡がこっちに近づいてきた。

「よ!錫谷、今日飲みに行かね?」
「……そうだな、きつい仕事には焼酎一杯に限る」
「新人の頃は、“酒なんて飲めませーん”って言ってたのに今じゃあ居酒屋に入り浸りじゃねえか」

 渡が俺の背中を思いっきり叩いた。力が強い彼からの平手はとてつもなく痛い。背中が熱く疼くのを感じながら、俺がまだ新人で仕事なんてちっとも理解できなかった若かりし頃の記憶が蘇る。
 新人研修が終わったあと、先輩らに行きつけの居酒屋に連れて行ってもらった。あの時は本当にお酒なんて一滴も飲めなかった。あの時は、先輩がいるから仕方なくちびちびと出されたお酒を飲んでいたが、ちょっと飲むのも苦で仕方なかった。三年以上経った今は俺たちの行きつけの場所になりつつある。今では俺には酒豪のスズちゃんなんてあだ名がつくくらい酒好きになってしまった。

「じゃあ、仕事終わり次第、あそこに直接行こうな」

 それだけ伝えると、渡はさっさと自分のデスクへと戻っていった。

「……さて、やるか」

 それでも俺はあいつと一緒に飲むことだけはやめられない。
 仕事が終わり、居酒屋で渡と四杯目の酒を飲みながら会社の不満を愚痴っているとき、渡の携帯から着信が響いた。

「悪い、彼女からだ。話長くなるから適当に飲んでて」

 そう言うとバツが悪そうに渡は、携帯を持って店の外へと出て行った。渡は、二年間付き合っている彼女と別れ話の最中だ。二人は仲良かったが急に渡から別れを切り出した。それに納得していない彼女は、渡を説得するべく電話してくる。
 焼酎を一杯頼んで、ちびちびと新人の頃のようにちょっとずつ飲みながら渡が帰ってくるのを待っていると、反対側に誰かが豪快に座った。最初渡がもう帰ってきたかと思ったが、全然面識のない前髪が長く、少しヒゲを生やした老けたおっさんが座っていた。
 勝手に知らないおっさんが目の前に座っているもんだから俺はグラスを置くことも忘れてじっとおっさんを見ていると、おっさんが一方的に話しかけてきた。

「彼が帰ってくる前に失礼するよ。ただ君と話がしたくってね……あ、お姉さんビール追加」

 店員にビールを注文し、勝手に俺たちが頼んだつまみを口に含んだ。俺はようやく、今の状況を飲み込み、おっさんをにらめつけた。

「……おい、おっさん、何勝手に座ってるんだ。そこは渡の席だぞ」
「わかってる。だから彼が帰ってくる前にはいなくなるから安心して」
「……は?おっさん何がしたいの?」
「最初に言ったでしょ。君と話がしたいって」

 そう言っておっさんは前髪を少しだけあげた。眉毛の上に二つ黒子が並んでいたのを見た。俺も前髪を少しだけあげ、眉毛の上にある黒子を触る。同じところに黒子がある人なんて、いくらでもいるはずなのに、なぜか胸騒ぎがして、手に持っていた焼酎を一気に飲んだ。

「んー、いい飲みっぷりだね。私のビールもきたことだしちょっと君の若き青春時代の話でもしようか」
「……あんたと話すことなんてない」
「――そうそう、君は、昔、こんなの書いてたよね」

 一冊の冊子がテーブルの真ん中に置かれていた。どこか見覚えのある冊子の表紙に、俺は思いっきりその冊子を取ろうとしたが、それより先におっさんがペラペラと読み始めた。

「思い出すよね、これ。今でいうと、黒歴史っていうの?」
「…………あんた一体――」
「何者かって?それは君がよーく分かってるし、君はもう俺が何しにこの場に現れたか知っているよね?」
「――俺は何も知らん……」

 俺がそう言うと、おっさんは残りのビールを飲み干した。おっさんは立ち上がり、何事もなかったかのように静かに店を出て行った。それを見送った数分後、渡が戻ってきた。

「いやー結構長引いちゃった。ごめんごめん」
「――なあ、さっき前髪の長いおっさん出て行かなかったか?」
「え?店から出てきたのは、白髪の帽子被ったおじいさんだったよ?それが?」
「……いや」

 ただ、俺は酔っ払っていたみたいだ。さっきの出来事は、酔っぱらってみた幻覚なようだ。
 俺は渡と飲み直すために、焼酎をいつも頼むがなぜか今はビールが飲みたくなって頼んでみた。そのビールを俺の中の蟠りを流すように一気に体の中に送り込んだ。
 鞄の中からハンカチを取り出そうとしたら、何か見覚えのある冊子がいつの間にか潜んでいた。それを隠すように俺は、鞄を握りしめながら渡と終電近くなるまで飲み続けた。


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このストーリーに関するコメント

18/01/21 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
主人公の前の席に座った男性が、主人公の未来かパラレルワールドの住人だという気はします。とはいえ、『「君はもう俺が何しにこの場に現れたか知っているよね?」』との問いかけには、さっぱりわかりません、としか答えようがありません。不理解で申し訳ない気持ちでいっぱいです。

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