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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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トミナガトミコと働き蜂の私(たち)

18/01/11 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:681

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 トミナガトミコは、全裸でうつぶせになって川に浮いているところを発見された。
 県を代表する風光明媚な渓流で、秋なら紅葉、春なら桜、初夏なら青葉がその醜い身体を少なからず美しく覆っていたかもしれないのに、と私はまずそんなことを思う。凍てつく寒空で川は水位が低く、そこここで雪と泥と枯葉が混じる。なんとみすぼらしい世界で死んだのだ。

 旅館「あおき」に私が十八で仲居見習いとして入った時、すでにトミコは仲居のトップに君臨していた。
 古株を押しのけ、三十の若さで女将(おかみ)の次に権力をもつ。初日に、彼女は私の顔をじろじろと不躾に眺め、ニヤニヤ嗤ってこう言った。
「あんた、生き残れるよ」
 
 仲居は女の世界だ。その中でも通い組と住み込み組に別れ、立場が強いのは私やトミコが属する住み込み組。訳アリな人間の集合体で、外に帰る場所も家族もある通い組が勝てるはずもない。
「トミコ、クソムカつく。死ねばいいのに」
 狭い掃除用具室で煙草に火をつけると、ミイナは踏み台に乗り、小さな格子窓から煙を外へ吹き出した。
「見てよこれ、信じられる? あたしが板場の新人に手ぇ出したってだけで嫉妬して『ジュッ』だ。イカレてる」
 言って、ミイナは袖をまくりあげ、肘の下につけられた小さな丸い火傷の跡を見せた。トミコの『体罰』は有名だ。しこたま蹴られて腹の中の胎児が流れてしまった女もいるとかいないとか。
「でもさー、女将が昨日泣かされてたよ。いい気味。あの強欲ババアにやり返せるのってトミコだけだから、必要悪っちゃあそうだよね」
 クククと嗤い、ミイナがまた煙を吹いた。
 トミコの伝説は数知れない。旅館中の男と寝た、客相手に小銭稼ぎしている、ヤクザに追われている、警察に追われている、訳ありの女たち相手に金貸しをしている……。
 あんた生き残れるよ、と「予言」された意味は働いて1年もしないうちにわかってきた。女たちは次々と辞めていく。拠り所を求めてふらりと訪れ、ある者はトミコ率いる仲居たちの醜悪な世界に潰され、ある者は個人の「都合」で消えていく。ミイナも、半年でいなくなった。

「あんた、しぶといね」
 働いて3年目。露天風呂つきの離れをひとりで掃除していると、ふらりとトミコがやってきた。トミコは女王蜂だ。点検と称し、働き蜂の仕事をひやかすのが、彼女の仕事。
「あたしの思った通りだ」
 言うやいなや、トミコは瞬く間に着物を脱ぎ捨て、素っ裸で部屋と続きになっている露天風呂に飛び込んだ。掃除を終えた総檜の浴槽で、客のために栓を開けた掛け流しの湯が派手に水飛沫をあげる。
「酒も煙草もクスリもやらない。無口で何考えてるかわかんないけどさ、あたしが引退したら、あんたが跡を継ぐんじゃないかなあ」
「引退するんですか」
「するわけないじゃん。でも後継者として側に置いてもいいかもって考えてるわけ」
 一体何の話だ、と思うが、私は黙って広大な畳の上に立ち尽くす。
「高卒でこんな山奥で職を得て、50のババア供と寝起きしてるって、どんだけ切羽詰ってんの」
 表情を崩さないよう努める。生い立ちと不幸を洗い浚い話すタイプがいる一方で、まったく語らない人間もいる。私のように。そして、多分トミコも。トミコにまつわる話は噂ばかりで、実はトミコの真実は誰も知らない。
 女王蜂の巨大な腹の中身を、私たちは知らない。
「ま、困ったことがあったらあたしに言いなよ。わりと何でもできるからさ」
 トミコは私に備えつけの冷蔵庫からビールを要求する。黙って一缶渡すと、湯船につかったまま豪快にあおった。それから試すように私の方へ缶を伸ばす。
 私は一歩も動かず、黙ってかぶりをふる。
 つまらない、というようにトミコは目を細め、手首を返す。缶が逆さまになり、こぼれた液体が湯気に混じり白い泡を立てていく。まるでトミコの毒々しい体液のように。
「忙しいんだから、ちゃっちゃとここ終わらせて次の部屋やりな」
 尖った言葉と共に力任せに放り投げられた缶は、私の腹に当たり、畳に転がった。
 
 翌年の冬、トミコは何の前触れもなく死んだ。
 トミコの死には様々な憶測が飛び交った。曰く、関わってはいけない相手の子を身篭って抹殺されたのだとか、脅した相手の返り討ちにあったのだとか、クスリのやり過ぎでトチ狂って自殺したのだとか。
 だが、そんなことはどうでもいい。私たちが本当に気にしているもの、注意深く探りあっているものは、ただひとつ。
 女王の座だ。
 空白になった席を、したたかな女たちが舌なめずりして狙っている。力不足の者が勘違いして陣取ればたちまち引き摺り下ろされるだろう。
 私は待つ。あの時トミコが投げ捨てたビールの缶は、今も引き出しにしまってある。他に行くところなんかない。この毒針が他の誰より邪悪に育つのを、待っている。


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このストーリーに関するコメント

18/01/13 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
面白かったです。女王蜂と働き蜂の集団性にテーマが毒々しく活かされていると感じました。周囲を翻弄する絶対的な権力に見えても、どこかで終わりが来る。トミコの、何かを残したい、といわんばかりの小さな欲が、無言で否定された場面に思わず唸ってしまいました。

18/01/14 秋 ひのこ

トツサン様
こんにちは。コメントをありがとうございます。
率直に面白いと言っていてだけてとても嬉しく思います。
「あばずれ」という主題をみた時、実は「これは無理。とばそう」と決めていました。
が、ふと「男を登場させなければ書けるかもしれない」と挑戦してみた次第です。
時空モノガタリさんが意図する主題からズレているかもしれませんが、トツサンが表現されたように女の「毒」や「欲」に焦点をあてました。

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