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黒谷丹鵺さん

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甘い水

18/01/07 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:2件 黒谷丹鵺 閲覧数:667

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「悟のお祖母ちゃん、怖いよね」
 近所の仲良しとそんな話をしたのは小学何年生の頃だったか。
「怖くないよ。なんで」
「だって私のこと睨むんだもん」
「それ、たぶん祖父ちゃんのせいだ」
 悟は私の耳にだけ届くような小さい声で続けた。
「弥生の祖母ちゃんが好きだったんだって」
 祖母は30代で亡くなっていて、写真で見ると農家の嫁らしくないエレガントな美人だ。
「あんなあばずれって祖母ちゃんが言うと、祖父ちゃんが怒るんだ」
「あばずれって何」
「……わかんない」
 祖母はどうやらそれで有名だったらしい。中学の時、意地の悪い同級生に聞かされた。
 本当かどうか近所に住む叔母に尋ねると、顔をしかめて否定された。
「子供産んでも綺麗だってもてはやされてたんで、奥さん連中がやっかんで変な噂を流したのよ」
 悟の祖母もやっかんだ中の一人なのだろうか。何となく嫌な気持ちがした。
「弥生も気を付けて。あなた、母さんに似てるから」
 叔母の心配はほどなく現実になった。
「男子に媚びてる」
 面と向かって言われたのなら反論もできるが、陰で囁かれることはどうにもならない。普通に話しているだけなのに、相手が男子だとたちまち陰口の的になった。
「弥生のお祖母さんも近所の旦那さんと……」
 声高に古い噂を語られ、悟とも距離を置くしかないと思った。
 それでも女子の群れに馴染むのは難しく、無視されないまでも距離を感じることが多かった。
 私は高校を卒業すると進学も就職もせず、手広く農業を営む家族を手伝うことにした。汗をかき土にまみれて田畑に入る生活は、肉体的にはきつかったけれど、精神的にはとても楽だった。
「たまには遊んでいいのに」
 両親は案じたが、外出しても疲れるだけなので家の敷地から出ない日の方が多かった。
 やがて成人すると畑の管理を任された。うちの野菜は甘いと評判で、直接買い求めに来る人が少なくなかった。畑に使う井戸水が良いのかもしれないが、理由は祖父にもわからないらしい。とにかく評判を落とすまいと、私は仕事に打ち込んだ。
「悟くん、帰って来るみたい」
 23歳になる頃、そんな話を聞いた。
「やっぱり田舎がいいって。来月から農協に勤めるらしいわ」
 悟は都会で就職したと聞いていたので、もうこっちには帰らないものと思っていた。実家は農家だが、悟の兄が結婚して後を継いでいる。
 私が距離を置くようになった時、悟は察したような態度で応じてくれた。疎遠になってもう10年近い。
「弥生ちゃんちで婿さんにもらったら?」
 冗談めかして言われても、曖昧に誤魔化すしかない。私は一人娘だから、いずれは婿を迎えることになる。既に縁談もいくつか持ち込まれていた。だが、悟に婿に来てもらうのは無理だろう。過去のいきさつもあるし、お互いの家族が賛成するとは思えなかった。
 5月の連休になり、ビニールハウスで野菜を収穫していると、思わぬ人物が訪ねて来た。
「もう出荷してるの」
 聴き慣れぬ声にふり向くと、そこにいたのは悟の祖母だった。
「お宅の野菜は甘いんだってね」
 いったい何の用で来たのか。身構えながらも、私はもぎたてのキュウリを一本差し出した。
「味見しますか」
 彼女は受け取り、半分に折って断面をまじまじと見た。それから舌先で舐め、少しかじる。
「甘い……なんでかね」
 不思議そうに私を見る目は、昔と違って険を含んではいなかった。
「よくわからないんです」
 正直に井戸水のことも話した。
「うちの悟は農学部を出たんだよ」
「あ、それで農協に」
「そうじゃない」
 彼女は溜め息を吐いた。
「あんたがよく働くのは評判だ。婿には困らないだろ。だけど、野菜が甘い理由を突き止められるのは悟ぐらいしかいないよ」
 何を言っているのだろう……困惑が胸に広がる。
「悟には、うちの人みたいに未練たらしく初恋日記なんか書かせたくないんだ」
「あばずれの孫ですよ、私」
 思わず嫌味を口にすると、彼女はキュウリの残りを頬張りパリパリと咀嚼した。
「一度食べたら忘れられなくなる味だ。甘い水で育ったあんたも同じだろうよ」
 うぬぼれていいのだろうか。悟とは一番仲の良い幼馴染だった。本音を言えば、見合い結婚するぐらいなら悟の方がいい。だが何年も会っていないのだ。昔と同じようには親しめないかもしれない。
 次の日曜、思い切って悟の家を訪ねた。
「弥生」
 転がるように玄関に出て来た悟は、信じられないといった表情で私の名を呟く。
「今日、俺も会いに行こうと思ってたんだ」
 いくらか緊張している様子を見て、私は確信した。悟となら、きっと良い夫婦になれる。どんな噂が流れても信じ合えるだろう。私の祖父母のように。
「また仲良くしてもらえるかな」
 微笑みかけると、悟は嬉しそうに笑い、力強くうなずいたのだった。


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このストーリーに関するコメント

18/01/10 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
いわれない非難の中の精神的な辛さを、勤労で和らげようとする弥生の力強さが素敵でした。人目も羨むかんばせも、小さなコミュニティでは百害あって……というのは実際かもしれませんが、彼女の場合は「一利なし」とは言えない結末で、楽しく読むことができました。悟の祖母と、うんと仲良くなって欲しいというのが個人的な願いです。

18/01/15 あずみの白馬

拝読させていただきました。
飛び抜けて美人なのは、いいことばかりでは無いようですね。
ラストで、悟が戻って来たのは、弥生のことが好きだからかな? と、思いました。彼女と彼に幸あれ。

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