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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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牙をむく未来

18/01/07 コンテスト(テーマ):第121回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:444

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 耳もとのアラームがけたたましく鳴り響いた。例によって核爆発が一インチとなりで起きたかのような爆音だ。引き続いてオペレータの無慈悲な一言。「非常呼集。ポイントSにてガンマ線量上昇中。隊員は十分以内に最寄りの発着場に集合してください」
「最寄りの」というのは単なる修辞的な表現にすぎない。〈アンチ・フューチャー〉所属の下っ端は一人の例外もなく、亜軌道シャトル発着場の付近に住まわされている。マスかきさえ省略すれば五分ジャストで集合できちまう。因果な商売だ。
 会社支給の迷彩服を液体みたいな流麗さで着込み、洗顔と髪のセットだけして社宅から飛び出す。冬の切り裂くような冷気。午前二時すぎ、人通りは皆無だった。最近未来からの奇襲頻度が密になっているような気がする。あとで統計を眺めてみよう。この任務を生き延びられればの話だが。
 息を弾ませて発着場に駆け込むと、隊長のかすみ嬢はおかんむりのごようす。花も恥じらう三十六歳、〈アンチ・フューチャー〉創立当初からのプロパー、ついでに言えば色気ムンムンの女傑だ。「桐谷、てめえどこほっつき歩いてやがった。遅刻だぞ」
「八分と十二秒で着いたじゃないですか」たとえ一秒後に着いたとしても遅刻扱いされるのだ。「根岸は?」
「とっくにシャトルのなかだ。呼集から七秒後にはきてたぜ、誰かさんとちがって」
〈飛翔する棺桶〉こと亜軌道シャトルのハッチを潜った。惑星を縦横無尽に飛び回る〈アンチ・フューチャー〉専用の超小型快速艇。巡航速度はマッハ七、アフターバーナーを点火すれば最大でマッハ九は出る。乗り心地がどんなだかはご想像にお任せする。

     *     *     *

 一時間の優雅な高高度飛行から解放され、俺たちは生ごみみたいにハッチから放り出された。ポイントS、故郷から二千キロも離れた取るに足りない島国。こんなとこ放っときゃいんだ、くそったれめ。
「ガンマ線、閾値を超えました」なんでオペレータが男なのか、会社の方針にはほとほと呆れ果てる。誰が得するんだ? 「加速器を稼働してください」
 未来人がなぜ過去にちょっかいを出すのかはいまだにわからない。だがその方法だけは幾多の犠牲を出しながらも解明された。ファインマン・ダイヤグラムが肝なのだ。
 俺たちは苦心しいしい、分解された超小型――形容詞がこればっかりで申しわけない、当節のトレンドなんだ――加速器をシャトルの貨物スペースから引っ張り出し、電光石火の早業で組み立てた。チェック、オールグリーン、稼働開始。かすかに聞こえる重低音。あくびが意図せず出た。「稼働確認しました」
「よし、エネルギー充填始めろ」とかすみ姉さん。
「ぼくがやります」後輩の根岸が買って出てくれた。〈アンチ・フューチャー〉に望んで入隊したという変わり種の青年で、この組織を正義の味方だと思ってるおめでたい野郎だ。気のいいやつではあるが。「待ってろよ、未来の野蛮人どもめ!」
 電子と陽電子が出会うと対消滅してガンマ線になるというのは聞いたことがあるだろう。ファインマン・ダイヤグラムによれば、このとき電子は通常の時間の流れで進むが、陽電子のほうは未来からやってくる――ということになっている、理論上は。
 ところが理論だけの話じゃなかった。連中は陽電子を使って過去へ質量を送ってくるらしい。するとどうなるか? たとえ陽電子程度の質量――10のマイナス何乗とかのないに等しいレベル――であってもエネルギー保存則に抵触する。あぶれた質量はE=mc^2の式にしたがってエネルギーに変換され、水爆級の大爆発を起こす。
「エネルギー充填完了。いつでも陽子加速できます」根岸の嬉しそうな顔を見たか? 付き合ってられん。
 対照的に姉さんは陰鬱そうだ。「加速開始」
 陽電子の質量は途方もなく小さいため、これに対処するのは不可能のように思える。とはいえ座して死を待つほど過去人たるわれわれはやわじゃなかった。世界中の都市が核爆発によってガラス質に変貌を遂げるなか、対抗策は根気強く練られ続けた。
 出された解凍は、加速器によるプランク長次元への飛躍である。マクロ現象たる人間にとって陽電子は小さすぎて対処できない。ではその小さすぎる土俵に立てばこれと直に相対できるのではないか? イエス、実際できるのだ。
「七テラ電子ボルトに達しました。陽子の加速率、光速の99.9%。いけます」
 さらば、愛しい三次元。また会う日まで!

     *     *     *

 プランク長次元――例によって10のマイナス何乗とかのミクロ事象――がどんなようすかを記述するのは不可能である。量子力学的な不確定性が顔を出し、各自で印象が劇的に変わるからだ。ちなみに俺の場合は「縦も横もない真っ暗な空間に浮かんでいる」となる。ほかの連中がどう感じてるかは神のみぞ知る。
「いいな、リラックスしろよ。でも警戒は怠るな」
 姉さんは勇ましいのだが、たまに矛盾した命令を出すことがある、いまみたいに。俺たち三人は背中をくっつけ合い、じっと彼方から飛んでくるであろう陽電子を待ち受けている。永劫とも思える時間が流れたのち、きらりと光る点が見えた気がした。「二人とも、六時の方向!」
 気のせいじゃなかった。陽電子だ。光速ですっ飛んでくる。光速をなんで人間ごときのトロくさい化学信号で知覚できるのかって? プランク長次元にいる俺たちはいま、まさに量子現象になってるからだ。これで納得できないなら〈アンチ・フューチャー〉に入隊して一緒に仕事をしてくれればいい。ともかくそれが事実だということだけはわかるはずだ。
「ぼくがやります」間もなく光点がだしぬけに消え失せた。「やった!」
 ミクロ次元では量子力学が幅を利かせてくる。したがってここではたわごとにしか聞こえない素粒子物理が有効な武器になる。陽電子はフェルミオンなので、ふたつ以上はひとところに存在できない。同じスピンの電子を飛ばしてやれば、パウリの排他原理によって見当ちがいの方向へ軌道を逸らせられるわけだ。
 むろんスピンは右回りと左回りがあるから、確率は五分五分になる。いまみたいに単独攻撃なら迎撃は容易だが、複数となると……。
「八時の方向、多数の光点あり」姉さんはいつでもクールだ。「迎撃しろ」
 陽電子の奔流。途方もない数だ。遺憾なことにいまからこれらを迎え撃つわけだが、この仕事は連携が命である。役割分担は次の通りだ。
 かすみ姉さんが第一波を放射する。次に根岸が取りこぼしを拾い、最後に俺がそのまた取りこぼしを始末する。すべてが失敗する確率は1/2×1/2×1/2=1/8。当然撃ち漏らしはあるものの、いまの式からわかる通り数はそう多くない。次の迎撃サイクルに繰り越せば、そのすべてが失敗する確率は1/2の六乗、つまり1/64にまで減少する。
 陽電子の迎撃チャンスは目いっぱい見積もって三回。したがってすべての迎撃が失敗する確率は1/2の九乗、1/512となる。0.1%以下だ。
 万が一それが起こったらどうなるかって? ポイントSはガラス質の廃墟と化す、アーメン――と言いたいところだが、ちゃんとフェイルセーフは敷いてある。じきに第二分隊が到着して加勢してくれるはずだ。人数を増やすことで迎撃確率を限りなく100%に近づける。プランク次元やら量子力学やら難しいことを言ったけれども、結局人海戦術によるやっつけ仕事にすぎない。
「光点消滅」女傑の声には隠し切れない安堵がにじみ出ていた。「三時の方向から多数接近。今日は千客万来だな、え?」
 やがてそれらも消滅した(そうそう0.1%が起きてたまるか)。パウリさん、排他原理を見つけてくれてありがとう。
「げっ、未来人も本腰を入れてきたようですよ。全方向から光点多数飛来!」
 視野を埋め尽くす陽電子の大部隊。未来にどれほどのエネルギー資源があるのか知らないが、過去に陽電子を飛ばすのに未来世界全土の電力を総結集でもしない限り、無理な芸当だ。すべての国が過去粛清に同意しているとでもいうのか? それとも国家なんかは消え失せ、世界政府が樹立されているのか? ええいくそ!
「遅くなった」耳慣れた声。別働隊の倉本隊長だ。「おお、こりゃまたド派手にやってくれたな、未来人どもめ」
「倉本さん、きてくれたんですか」白状すればキスしたいほど嬉しかった。「ご覧の通りちょっとばかり分が悪い。何人きてくれたんです?」
「八人連れてきた。これだけいりゃ万が一も起こるまい」
 念のため言っておくと十一人による総ざらい方式で陽電子迎撃をやり、三回とも失敗する確率は1/2の十一乗の三倍、1/12288となる。0.008%以下だ。もう安心だろう。
 俺たちはひたすら陽電子退治に没頭した。主観的には何か月もやっていたように思える。ありがたいことにここは高エネルギー次元なので、量子の寿命は(もともとのそれに比べれば)無限に等しいほど間延びする。三次元では一秒すら経過していないだろう。
 正義の味方になりたいやつ、ぐっすり寝ているところを仮借なく叩き起こされても平気なやつ、そして主観的に長生きしたいやつ。そんなご仁はぜひ〈アンチ・フューチャー〉にご入隊あれ。万年人手不足なので志願したら即、採用されるのは請け合おう。

     *     *     *

「帰ったら寝る」迎撃完了報告を送信し、あとは外部からの転送待ちだ。「まる一日ぐっすり寝る」
 プランク次元から三次元へどのように連絡をとるのか? 意外に簡単だ。情報は電子に乗って飛ばせるわけだが、それは気まぐれに起きる量子的なトンネル効果でほんの少し――掛け値なしにほんのちょっぴり――別次元へ流出している。これは三次元でも起きているのだが、あまりに数が少ないので誰も気づかない。
 いっぽうプランク次元は量子力学が支配している。トンネル効果でも波動関数の収縮でもお望み通りだ。完了報告をトンネル効果の意図的な惹起で三次元へ送ることくらい朝飯前である。あとは向こうの連中が加速器の励起状態を解除してくれれば、晴れて愛すべき三次元へ凱旋できるという寸法。
「ゆっくり寝ればいいさ。誰も邪魔しやせん」と苦笑しながら姉さん。「次の襲撃までは非番だからな」
 次の襲撃。気に食わない。「どうして未来人は俺たちを滅ぼそうとするんでしょうね」
「そりゃやつらが悪の枢軸だからですよ」根岸が力説した。彼には悪いがダニほどの説得力もない。
「なにか理由があるはずだ。そいつを突き止めないときりがないぜ」
「知らんよ、未来人に聞いてくれ」女傑は首の凝りをほぐしながら(肉体的な疲労は感じないのだが、ついやってしまう気持ちはわかる)、「余計なことは考えるな。あたしはそう悟ったよ」
 余計なこと。確かにそうだ。それでも俺はときたま、不安に押しつぶされそうになる。もしかしてこの世界はとり返しのつかないへまを将来的にやらかすのでは? 未来人たちはおのれの過ちを抹消したいのかも。
 度重なる核爆発でめちゃくちゃに荒廃した世界を連中は望んでいる。それよりもひどい未来があるとでもいうのだろうか?
 そこまで考えて匙を投げた。かすみ姉さんの言う通りだ、余計なことは考えるな。下っ端の部隊員は陽電子を迎撃しさえすればいい。たとえ未来がどうなろうとも。


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