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マサフトさん

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溺れた男

18/01/06 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 マサフト 閲覧数:486

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さて寝ようの布団に入ったものの、いかんせん寝付けないまま時間が過ぎたせいか、体が硬直してしまった。頑張っても指先すら動かない。これはまさか話に聞く金縛りというやつではないのかと思い、目を開けてみようとすると、不思議と瞼だけは動いた。
暗闇の中目を凝らすと、腹の上にぼんやりとしたものが乗っかっているではないか。腹の上に乗っかっておれの安眠を妨げるとは、不届きなやつだ。失礼じゃないか。えいと腹に力を込めると、果たして金縛りは解けたので、掛け布団を跳ね上げ上体を起こした。
見ると、布団の上に中年の男が膝を抱えて座っているじゃないか。膝から下が無いようなので、なるほど確かに幽霊だと思った。

一言言ってやらないと落ち着かないので「やい、おまえ。おれになんの恨みがあっておれの安眠を妨げる。とっととあの世に行け。ここはおまえの居るべきところではない」と言ってやると、
「そうは言いますけど、ここはわたしの部屋です。あなたこそ出て行って下さい」などと返ってきた。なんという不遜な態度か!おばけが口を聞いたのにも驚いたが、その言い分にはもっと驚いた。
「おまえはもう死んだんだろう。今この借家はおれが間借りして居るのだ。不動産屋を介した、正当な手続きを踏んでいるのだ。おまえが死んだ時点で、この部屋はおまえの部屋じゃなくなったことも、わからんのか」と言うと、
「そうは言いますけど、ここはわたしの部屋です」と同じ答えが返ってくる。これはいけない。暖簾に腕押しで問答が進まない。まったく幽霊というのは、存在も言い分も、道理に反しているものだ。

布団を這い出し、「まぁなんだ、おれも目が冴えてしまった。とりあえずコーヒーでも飲もう。幽霊だってコーヒーぐらい飲めるだろう?」と気を利かせてやったにもかかわらず、奴さん「コーヒーよりお酒が欲しいです」なんて抜かしやがる。ムッと来たが、幽霊になって寂しい思いもしていたんだろうと、酒ぐらい飲ませてやるかという気持ちになったので、台所から酒の入った一升瓶とグラスを持ってきてやった。

「あぁ、ありがとうございます」酒を見るや否や生気を取り戻した死人は、グラスに酒をたっぷり注いで一気に飲み干そうとしたので、頭をはたいてやった。まさか触れるとは思わなんだが、幽霊も思ったより触れるものである。
「酒はそんな飲み方をするものじゃない。少しづつ、味わって飲むものだ」と諭してやると、奴さんは神妙な面持ちでちびちび飲み始めた。聞くと奴さん、生前はかなりの酒好きで、あまりに酒を飲むものだからこの部屋で酒瓶握ったまま卒中を起こして死んでしまったらしい。酒に溺れて死んだとは本人の談だ。また、アルコールが入ってさえいれば日本酒だろうと洋酒だろうとお構いなしに喰らっていたそうで、味わうことなぞ考えもしなかったらしい。

「この酒はな、さして有名な銘柄じゃない。けどな、おれはこの酒が好きでな、毎年酒蔵まで買いに行っているのだ。一年につき、一升瓶を一本だけ。毎日は飲まないで、たまに少しづつ、少しづつ飲む。好きなものは、細く長く楽しむものだ。じゃなきゃおまえのように溺れてしまう。それに、おまえは酒をただ酔うための道具としか思ってなかったし、本当に酒を楽しんだことがなかったんだ。だから、化けて出てきてしまったんだ。今夜酒を楽しめれば、きっと成仏できるさ。」要約するとこんなことを奴さんに話していた。幽霊だが、どう見ても年上の男に、偉そうに説教垂れた。奴さんはと言うと若造の爺臭い説教に感化されたのか、泪を浮かべながらうまそうに酒を飲んでいた。

そもそも幽霊に清酒を飲ませて大丈夫だったのか?浄化されてしまうのではと思った頃には朝日が昇っていて、中年の幽霊は消えていた。夢だったのかもしれないが、グラスは二人分あるし、酒瓶の酒もかなり減っていた。結局夜通し酒盛りしてしまったので、体調が悪いと嘯き仕事をズル休みした。後日友人にこのことを話すと、「酔っ払ってみた夢か幻覚だろう」と一蹴されたので、そう思うことにした。きっとあの夜はいつもより沢山酒を飲んでしまったのだろうと思うことにした。


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このストーリーに関するコメント

18/02/01 つつい つつ

主人公の中年の幽霊を諭しながら、ひょうひょうと飲む様子や、きっと沢山酒を飲んだのだと思うおおらかさが魅力的で、楽しかったです。

18/03/13 光石七

拝読しました。
幽霊と酒を飲み、説教し……
ユーモラスな情景が思い浮かび、クスリとしました。
楽しませていただきました。

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