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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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ブランデーが織りなす夢

18/01/05 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:502

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 ミジンコのはいったガラス容器に目をやりながら、悠然とブランデーグラスをかたむけるときが、麟三の至福のときといえた。
 IT関係の仕事にあけくれ、まる一日人と一度も顔をあわすことなくパソコンにむかって過ごすのが常態となっている彼にとっては、ミジンコといえども血の通った生き物で、家にかえって部屋にひとり、机にならべた容器のなかにこまかくうごめく微小生物に、そこはかとない愛情を覚えたとしても誰が責められるだろう。
 かれらも、じぶん同様、生きているのだ。
 じぶんのような、日がな一日部屋にとじこもって無機質のコンピューター相手に悪戦格闘しているのにくらべてかれらは、小さな容器とはいえかれらからみれば宇宙のように広大無辺な水の中を、自由に、心のままにおよぎまわることができるのだ。
 彼は、口からブランデーグラスをはなすと、ミジンコのいる容器の口にグラスをつけて、そろそろと琥珀色の液体を流し込んだ。
 水のなかにブランデーがとけこんでいくにつれて、ミジンコたちがさかんに水中を上下しだした。ミジンコたちがブランデーをよろこんでいる。かれらも酔いたいのだ。なんどもその光景をみてきた麟三は、いまではそうおもうようになっていた。
 げんにそれからあとミジンコたちは、まるで人が酔っ払っているように、なにかふらふらとして、とりとめのない軌跡を描きだした。
「のめ、のめ、ミジンコたち」
 彼はミジンコたちに話しかけた。
「人からきいた話だけど、おまえたちのなかには、死ぬまで雌とまじわることができない雄がすくなくないとか。その雄たちは何でもクローンでふえていくんだってな。なんともさみしい話じゃないか」
 そんな目でみるとボトルの中で、けなげに、一生懸命に生きているミジンコたちが、かわいそうにおもえてきて、
「さ、もっとのめ」
 かれはまた、容器のなかにブランデーをながしこんだ。
 そのうちミジンコたちの動きが目に見えて緩慢になりだした。もしかしたらここにいるミジンコたちはみな、その雌とまじわることのできない連中ばかりではないのかと、こんどは同情をまじえておもうようになった。。
 麟三は、瓶からブランデーをなみなみとつぎたすと、机の上のミジンコたちにいちどグラスをさしあげてから、50度ちかくある液体を、ぐいと一息に空けてしまった。
 酔いがまわるにつれて、ソファにふかぶかと頭をおしつけた彼は、ふいに微笑をもらした。
 ミジンコをあわれんでいるこのおれにしたって、一人の彼女もいないのだから、似た者同士、おたがいさまというものだ。おまけにミジンコは、クローンでふえることができても、人間のこのおれは、いつまでも独り身だ。かれらのほうが、よっぽどましというものだ……。
 ぶつぶつとつぶやいているうちに、頭のなかがとろんとしてきて、あとはもうなにもわからなくなってしまった。
 なにかのけはいに、ふと麟三は目をさました。
 ブランデーののみすぎか、いつのまにか眠ってしまったらしかった。そのまままた寝入ってしまいそうになりながらも彼は、むりやり目をひらいて、足元にうずくまっている人間をながめた。
 それがだれなのか、はじめのうち麟三にはわからなかった。
 これまで一度もみたことがない男……たしかにはじめはそうおもえたのが、時がたつうちにどうも、どこかでみたような気がしてきた。
 なんだか不快な印象がした。きっと、ろくでもない知り合いのひとりにちがいなかった。だが、その男がむっくりとおきあがってきて、ふたりの顔がむかいあったとたん、ようやく麟三にはその人物がだれかわかった。
 それは、自分だった。まぎれもなく、自分が目の前に立っていた。まったく同じ自分が、分裂して、いまそこに出現した。
 そうだ、ミジンコのように。――いや、まさか、そんなはずは……。かれは、グラスに半分こっているブランデーをみながら、いつのまにか眠っていたじぶんに気がついた。
 なんだか、面白い夢だった。またつづきをみたいものだ。と彼は、ブランデーグラスをつかむとその、リンゴの香りのする液体をゆっくりと喉にながしこんだ。
……そんな夢をみながら、ミジンコたちは、ブランデーのもたらす心地よい酔いに、陶然と身をまかせていた。


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このストーリーに関するコメント

18/01/07 文月めぐ

『ブランデーが織りなす夢』拝読いたしました。
「ミジンコ」 を扱った不思議なお話でした。
麟三が酔って見た夢とミジンコのクローンを見事にリンクさせていると感じました。

18/01/07 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。
あの夢、麟三が見た夢か、ミジンコたちの夢なのか、どちらがみてもお正月の初夢ということで、ここはたのしく酔いたいところです。

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