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最古の酒、とほぼ同じもの

18/01/03 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 TWWT 閲覧数:406

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「殿下、籠城していた連中から降伏したいと使者が」
「うむ、通すが良い。待ちかねたぞ」
 目前の城から様々な物資を、調達した牛車や馬車たちが運び出すのを見ながら、満足気に頷いた。実際彼は嬉しかった。一年にも及ぶ攻城戦の末、ようやく立てこもる相手の心をへし折ることができた。半ば無断で兵を出した結果ではあるが、これで兄王たちとの後継者争いでも一つ優位に立てるはずだ。
「殿下、参られました」
 しみじみと思いに浸っているうちに、陣幕の外から声がかかり、屈強な衛兵に半ば引っ立てられる形で青年が入ってきた。髪の伸び具合や顔の下半分を埋め尽くす無精髭は、彼らの置かれた状況の実態を物語っていたが、真っ直ぐな目は紛れもなく若者のそれであった。
「ようやく貴様に会えたのが嬉しいぞ。そなたの死体ではなく、実際に声を交わせることがな」
「私こそ閣下にお会いできたこと、無上の光栄でございます。願わくば、より晴れやかな場であればと愚考してもいましたが」
 若者の社交辞令には、不思議と卑屈さはなかった。しかし、その単語選びや端々に漂う気配は、彼が兵を率いる騎士ではなく、平民であることを示していた。だとすれば驚異的だ。兵学校で教練を受けたわけでもあるまいに、一年間も効果的に粘り続けたのである。殿下はつい嬉しくなってしまうのを抑えて、重ね聞いた。
「条件の品には間違いはあるまいな。偽りがあるならそちの首だけでは済まさぬぞ」
「偽りなど……、元々私めは倉庫番にてござります。名簿に載せたグラルゼンの七十五年も、ヴェムドの六十年ものもございまする。小瓶で良ければ、ここに……」
 若者はそう言って胸襟を開いた。小さな刃物か弩でも出してくるかと思ったがそうではなく、真実だ、と思った瞬間に殿下の頬は緩んでいた。若者が取り出したのは間違いなく極上のワイン、それも彼の国の王族でなければ試飲すら許されなかったという完璧な幻の酒である。
「こ、ここで、飲むぞ、良いな」
 柄にもなく殿下は許可を求め、若者が頷いたのを見るや、従者に瓶を受け取らせ、栓を開き液体を飲み干した。もしや毒が、と反射的に思いはしたが、彼の口を満たしたのはまったく雑味のない芳醇な果実の精気の結晶であり、鼻から抜けていったのは、自然界にも有り得ないほど濃密かつ爽やかな果実の香りだった。ううむ、と殿下は唸って呟くように述べた。
「これは……、貴殿らの王が私と同じ嗜好だったのは存じておったが、舌の方も比肩するものがあったようだな。まだ生きていて欲しかった。のう、まだ他にもあるのではないか? 彼が秘蔵しておいたとっておきが」
「ございます」
 簡単には口を割りそうな面相ではない若者だったが、すぐさま口を開いた。もう守る義理はないということだろうか。
「実はこの国に伝わる最古の酒というものが瓶に詰められてございます。先王が申すところには、これは最早酒であって酒ではなく、故に記録には載せなかった次第で」
「素晴らしい! それさえ味わうことができれば、私が執筆している辞典も完成が近付く、献上すれば父の覚えもめでたくなろう」
「もう一つ、私めは他に能も少ない者ですが、少々人よりも知ることがございます。その知識によれば、最古の酒自体を作ることはできなくとも、それと同じものを陛下に献上することもできまする。いかな銘酒も飲めば消えるものにて、差し上げるのはそちらがよろしいかと」
「で、できるのか」
 予想外の言葉に殿下は半ば小躍りした。元服前から宿酔を繰り返すほどの酒好きで、今度の攻めも王が守る酒蔵目当てのところがあったほどである。勝利の美酒とは言え、誰にも渡したくない気持ちはある。
「無論、しかしそれには条件がございます。第一に、国中の民の身分、貴族の領土を安堵すること、また、戦に絡めて百姓から年貢を取らないことを是非守って下さればと」
 殿下はその申し出を二つ返事で受けた。元々、国力を高める必要のない国にいるのである、食べるあてのない麦を奪っても仕方がない現実もあった。
「それでは、その模造品を父王や将軍たちに贈るとしよう。覚えを少しでもめでたくせねばな。ははは……」
 上機嫌で部下に命じてみせた殿下の運命はしかし、その後すぐに暗転する。秘蔵の酒と偽って単なる清潔でもない水を各所に贈ったのだからそれも当然だが、酒蔵担当の若者は一切偽ってはいなかった。実際、時を経過ぎた古酒は酒精が抜け水と変わらなくなる。だから飢餓の中住民の喉を潤していた井戸水を瓶詰めしても、まったく間違っていないのである。
 ともあれ、身勝手な私闘の責任を取らされた殿下が歴史から去った後、当地では、酒飲みの酒知らずを意味する熟語にその殿下の名が使われたという。


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