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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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一升瓶

18/01/02 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:538

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 仕事帰りに、たちよった居酒屋で、ビールをのみながら三つ四つ料理を食べるのがぼくのいつもの夕食だった。
 ビールは一本しか頼まない。もっとのみたい気持ちがあっても、追加注文はしないことにきめていた。両親とも酒が好きで、酒のうえの醜態を、子供のころなんども目にしていたぼくは、じぶんだけは酒にのまれないようにと肝に銘じていた。
 酔った勢いで日ごろのうっ憤をぶっつけあう父と母、ときには物がとび、ふすまがはずれ、泣き出すぼくたち兄弟の様子を、耳をすましてきいている近所の連中――ぼくのなかにはそれらのことがトラウマとなってこびりついていた。
 成人してからのぼくは、極力アルコールはちかづけないようにしていたが、会社の同僚たちとのつきあいなどでどうしてもというときには、ビール一本までと固く心にきめていた。どんなにすすめられても、ぼくは頑として拒んだ。
 そんなぼくだったから、結婚するなら酒は嗜まない女性ときめていた。ぼくがいく居酒屋にも、ビールや日本酒を、好んでのんでいる若い女性がすくなくなかった。
 ぼくのすまいは、会社からそう遠くないところにあり、同僚はもとよりときには上司もあそびにくることがあった。ぼくが将棋のアマチュア2段の腕前ということもあり、将棋好きの相手ならくるとかならず一番手合わせということになった。
 その日も、ふらりと同僚がたずねてきた。部屋には、このまえ会社の親睦会で催されたボーリング大会で、三位になってもらった賞品の一升酒がおいてあった。壁際に手つかずにおいてあるのをみとめた彼は、こちらがなにもいわないのに、
「いっぱい、もらおうか」
 といいだした。乞われるままに湯呑に酒をついでやると、彼はいかにもうまそうに冷酒をのみほした。
 その後もまた別の者が、酒の瓶をちらとみるなり、やっぱりぼくがすすめもしないのに、
「いっぱい、もらおうか」
 と、酒をもとめるのだった。
 酒好きの人間は、酒が目にはいるやいなや、もうのまないではいられなくなり、他人の家にもかかわらず、「いっぱい、もらおうか」と、ぶしつけに申し出るようだった。
 酒に目のない連中は世の中にいっぱいいる。他人の結婚式に呼ばれもしないのに顔を出して、ただ酒をのみあさる手合いもすくなくない。ぼくの両親もその口で、酒さえのめればいくら顰蹙を買おうと平気というまったく始末がおえないのんだくれだった。あげくのはては二人そろって、早くに肝臓を傷め、僕が社会人になるとまもなく他界してしまった。
 ぼくはちかごろ、夕食にのんでいたビールも、やめようとおもっている。
 この春新入社員としてはいってきた、小野沙代里という女性の存在が、ぼくをそんな気持ちにさせた。
 初対面のときになにやらひかれるものをかんじ、彼女のほうもまた、ぼくにわるい感情は抱いていない印象だった。社内食堂でも、どちらからともなくちかづいてきて、テーブルはいつもいっしょになった。そして二人が食べ終えるまでのあいだ、たわいもない話でお互い笑顔がたえなかった。
 次の休みに会わないと誘うと、彼女はうれしそうにうなずいてくれた。会ったその日のわかれしなに、彼女のほうからメールアドレスの交換をいいだした。それからもメールのやりとりが毎日のようにつづき、休日にはデートをかさねるようになった。
 いくらもたたないあいだに、ぼくは彼女との結婚をのぞむようになっていた。彼女がときにみせる、なにげないまなざし、ふとした顔つき、言葉のニュアンスが、ぼくをそういう気持ちにつきうごかした。
 だが、あることが気ががりで、ぼくにはなかなか切り出すことができずにいた。
 ぼくはこれまで、一度も両親のことを彼女に話したことはなかった。ふたりとも近所でも評判のアル中だったということを、知ったら彼女はどういうだろう。せがれのぼくのなかにも、同じ血がながれているのだ……。
 しかしいまぼくはビールもやめ、一滴のアルコールも口にしなくなった。彼女のことだから、そんなぼくの気持ちをきっと理解してくれるにちがいなかった。
 ぼくがきょう、彼女をじぶんの部屋によんだのも、おもいきって両親のことをうちあける決心をしたからだった。
 いつにないこちらの気迫に気づいたのか、神妙なおももちでうなずくと彼女は、しゃにむにぼくにしがみついてきた。
 真昼の光がさしこむ室内に、ぼくは彼女をまねきいれた。
 ぼくは彼女とむかいあってすわったが、さすがに高ぶった気持ちは、すぐにはしずまりそうもなかった。
 お茶でもいれようと、たちあがりかけたとき、彼女がふといった。
「いっぱい、いただこうかしら」
 なんのことと、彼女のほうをうかがうと、その目は、部屋の隅におかれた、まだ半分ほどのこっている一升瓶を、しっかりとらえていた。


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