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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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マリア

18/01/02 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:429

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「一ヶ月間泊めてくれてありがとう」
 マリアは小さな鞄を一つ持つと男の部屋のドアを開けた。男は見送りに出ることもなく、煙草を吸いながら部屋の奥からじっと見つめていた。
 閉まったドアに向かって深々とお辞儀をすると、錆びた鉄の階段を降りていった。「次はあの人の家に行かなくっちゃ」足取りは軽く階段の音は朝の晴れた空高くに響いた。
 高校を卒業すると同時に家を飛び出したマリアは男の家を転々としながら生活をしていた。平均して一月、長くて三月、短くて一日、男が嫌な顔をし始めたら家を出るようにしていた。幸いキャバクラに勤めていたおかげで泊めてくれる男を捜すのに苦労はしなかった。
「マンションでも借りたらいいじゃないか」
 店長に言われたが、貯金もなければ保証人になってくれる人もいない。
「給与の前貸しもしてやるし保証人になってあげるよ」
「借金したくないし、毎月家賃を忘れずに払っていける自信なんてないから」
 店長は深追いをしなかった。マリアならきっと家賃の滞納をするに違いないと思ったからだ。
「マンションを買ってやるから愛人になれ」と、客からはよく言われたが全て断っていた。マンションを買ってもらえるほどの価値は自分にはないと思っていたし、その男が妻帯者なら店に来ないように説教さえした。独身の男に限りマリアは男が飽きるまで部屋に泊まっていった。
 もう何人目の男の部屋かわからなくなっていた。客ということ以外男の名前すら知らない。この男の部屋に泊り始めて一週間になるが他の男のように代償を求めてくることもなく、マリアがただ側にいるだけで満足そうだった。無職なのか一日中競馬新聞を読んでばかりで、ときおりマリアを見つめてくるが話しかけてくるわけでもなかった。
「一緒に死んでくれないか」
 仕事から帰ってきて化粧を落としている背中越しに男がいきなり言ってきた。
「いいよ。一緒に死んであげる」
 男から声をかけてくれたことが嬉しくてマリアはすかさず同意したが、適当に返事をしたわけではなかった。答えた意味も理解していた。
「わけを聞かないのか」
「理由なんてどうでもいい。死にたいって思うほどの辛いことがあったんでしょう。あたしでよかったら……」
「おまえ、命は大切にしないといけないぞ」
 言ったことがよほど可笑しかったのか男は息を飲むように笑うと缶ビールの蓋を開けて一口飲んだ。そして、あぐらを組んで座ると思い出したように自分のことを語りだした。
 妻を親友に奪われてしまったこと、仕事をくびになったこと、借金まみれでじき夜逃げをしなければならないこと。男の話を真剣に聞きながらマリアは大粒の涙を流した。
「なんて可哀そうな人。それで死にたくなってしまったのね」
「救いようのない人生だろう」
「ほんと救いようがないわね」
 呆れたわけではなく、素直な気持ちをそのまま答えただけだった。
「俺といると迷惑をかけそうだからさ、そろそろ出ていきなよ」
「いや、出ていかない」
 はじめてマリアは家を出ていくことを拒んだ。「出て行け」という男の口が「出て行くな」と言っているように聞こえたからだ。顔を見れば本心くらいわかる。
「俺といると借金の形に捕まって外国に売り飛ばされてしまうぞ」
「それは嫌、でも出ていかないから」
「変わった奴だな。好きにしろ」
 一度は死を口にした男だったがこれ以降言い出すことはなかった。夜逃げの準備をすることもなかった。
 嘘話を疑うことなく涙まで流してくれた上に、男と暮らしたがっていることがよほど嬉しかったのだろうか。しばらくすると男は毒が抜けたように働きはじめた。運送会社に勤め、作業着を着て朝仕事に行き夜疲れて帰ってくるようになった。作業着が汚れるほどに男はたくましくなっていった。
「結婚してくれないか」
 指輪を沿えて男がプロポーズしたのはマリアが男の洗濯物を畳んでいるときだった。
「結婚はできない。だってあなたのこと愛してないんだもん」
 マリアの素直さは残酷さでもあった。
「なんでだ。一緒に死んでくれるって言うから、てっきり俺のこと……」
「一緒に死ぬのに愛はいらないけど、結婚には愛が必要なのよ」
 悪意のない純粋な笑顔でマリアは言う。
「じゃ憐みでか。出て行ってくれ。もう顔も見たくない」
 マリアは頷くと、鞄に荷物をつめこんですぐに男の家を出ていった。本心から男が拒否しているのを感じたからだ。
 しかし男はすぐに言った言葉を後悔し慌ててドアを開けて飛び出してきた。
「おい、もう少しいてもいいぞ」
 すでに遠くまで行っていたマリアに声は届くことはなく振り返りもしなかった。次の男の家までの道のりを思い浮かべていたので声に気づかなかったのだ。
「このあばずれが!」
 男は鉄の手すりを叩きながら遠ざかるマリアの背中に向って指輪を投げつけた。


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