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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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再生してゆく未来で、私たちは

18/01/01 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:689

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 路線バスがありふれた日常を走る。
 短期大学に通っていた私は、家から駅まで毎日バスで通っていた。昭和から平成に入り、町はずいぶん様変わりしていたけれど、のどかな風景を残した車窓を眺めていると乗客の声が耳に入る。
「この先の団地で、昔火事があってね。それは……もう酷かったの」
 酷い火事。言葉に詰まってしまうその人の心情に同調するように、私の心は過去へとさかのぼる。
 団地の火災で、私の友達が亡くなった。今はもう詳細を覚えている人も僅かだろう。
 あれから10年。
 私は大人に成長していた。
 火災に巻き込まれたO君の死に、無関心に見えた先生たちが、マスコミや噂話から児童を守ることに必死だったろう事も、今なら透けて見える程度に分かる。あの頃軽蔑していた大人の隠れた優しさを、私は理解できる年頃になっていた。
 私はバスから降りると、その行く先をいつもより長く見つめる。
 次の停留所は団地前だ。


 O君の家族が引っ越した後、彼らの住んでいた一室は、どういう事情か分からないが、改修されず時を止めたままいつまでもそこにあった。玄関の扉から漏れるように壁に張り付いた黒い煤が、当時の惨状を物語っている。中もそのままらしいと、団地に住む友達が話していた。
 もしかして自分の家族も……悲劇がいつまでも生活の中に根差し、人々をおびやかす存在であるとはどういう事か、当時の私は子供で理解できていなかった。その場所で暮らす人々は居た堪れない気持ちになったと思う。消えたようにみえた悲劇は実は日常と並行していて、多くの人は心の傷を隠しているのだ。
 あの頃の友達とは、中学卒業をきっかけに離れ離れになってしまい、心の距離はずいぶん遠ざかってしまっていた。何があったわけでもない、ただ自然に関係がほどけて途切れてしまう、大人になるにつれて当然のことかもしれない。
 私は薄まっていく関係の中で、O君を思い出す機会も減っていった。


 高校の合同授業で、「久しぶり」と私に声をかけてきたのはM君だった。
 同じ高校だったのは知っていたけれど、クラスも離れていて、顔を合わす事もなかったから私は話しかけられて嬉しかった。
 O君の幼馴染で、団地に暮らす中でも一番彼の近くにいたM君。最近彼女が出来たという噂は、学校の中で聞いていた。
「元気?」
「うん、まあまあ」
 痩せた子供の頃の印象より、ずっと逞しくなったM君は私に彼女を嬉しそうに紹介してくれる。うん、まあまあ、なんて。絶好調じゃないの。昔を思い出し私たちは笑う。
 次の瞬間、ふと思う。
 ここはO君がいるはずだった立ち位置なんじゃないかと。
 私たちはこうして埋められない穴を少しずつ埋めてゆきながら、大人に近づいてゆく。一人で悩みを抱えるなんて無理だと分かっている。誰かの助けを借りながら生きていく、その事に人生の早い時点で気づいたのはO君がいたからだ。
 彼は今も私たちの心の中で生きている。


 短期大学も卒業を控えたある日、路線バスの中でSさんに再会した。団地の友達の中で、中学の頃特に親しくしていた彼女は、見違えるほど綺麗になっていた。
「……団地な、今改修中なんやで」
 もう建ってから数十年経っている建物だから、外装の改修は願ってもない事だろう。
「1号棟の改修もう終わってるねん。ほんま、綺麗になったで。火事のあとずっと放置されてたやろ。O君の部屋の跡、ずっとあのまんまで……」
 震える声で彼女は話す。思い返す限り、私たち二人の間でO君の事が話題に上ったのは、これが初めてだった。長い年月、複雑な感情を抱えてきただろうSさんは、改修工事でようやく区切りをつけたようだった。
 私は彼女と一緒に、新しくなった団地を見に行くことになった。
 団地前のバス停で降りると、1号棟は目の前だった。以前は茶色かった昭和の建造物が、白い外壁に包まれ生まれ変わったようにそびえている。
 1号棟のO君宅があった場所も、まるで何事もなく、惨禍を彷彿とさせる汚れは跡形もなく消えていた。
 O君を死なせたのは実の父で、その人もすでに死んでいる。事件としてはとっくに終わっていて、多くの人が忘れ去った出来事なのに、いまだ胸がざわつくのは、悲しみにひと段落着いて憤りに困っているからなのだろう。
 私たちは、世の中の悲劇に不条理を感じる程大人になった。

 
 つらいね。悔しいね。
 大人になるにつれて複雑になってゆく感情に戸惑いもある。
 けれどO君の事はこれからもきっと、思い出の内ポケットに忍ばせて生きて行く。
 昔々、ここでO君や私たちが遊んだ記憶は宝物だから。10年かけて出した結論を私たちは大切に抱いて、それぞれの道へと進んでゆくつもりだった。
 だからO君、心配しないで。
 悲しみは形を変えて、私たちの未来をそっと支えているから。


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このストーリーに関するコメント

18/01/01 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・こちらの作品は冬垣の自伝小説です、『崩れてゆく世界で、私たちは』『消えてゆく悲劇に、私たちは』と三部作になっています。
・画像は「写真AC」からお借りしました。

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