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井川林檎さん

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あともどりはできまへん

18/01/01 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:511

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 ここはどこだ。
 
 うちの中ではない。草むらの上で大の字で寝ていたらしい。
 はっと目を開いたら、見知らぬ犬覗き込んでいた。くうん。

 抜けるような青空に、純白の雲が流れてゆく。もさもさの茶色い雑種犬は、心細そうに耳を垂れていた。

 起き上がると頭が痛い。二日酔いである。
 そうだわたしは昨晩、適当な居酒屋に入って、しこたま飲んだのだ。一度も入ったことのない店で、繁華街の片隅に、小さい提灯を掲げていた――あんな店あっただろうか――これまで何度も通ったことのある場所だが、こんな店、記憶になかった。

 (ええと、なんて店だったか……)
 キテレツな店名だったはずだが、サッパリ忘れてしまっている。というか、記憶のその分が綺麗に抜け落ちていた。

 くうんくうん、きゃん。

 駄犬が少し距離を取りつつ、じっと見上げて何かを訴えている。
 見知らぬ場所だと思ったが、よく見るとそうではない。ここは、会社の近くの空き地だ。
 知らない場所だと思ってしまったのは、そこいらじゅうに飛び散っている様々な瓦礫のせいだ。

 おかしい。この当りには、アパートやら店やら色々あったはずだが、空き地の周辺はがらんとしている。
 それにしてもこの瓦礫はなんだ。まるで建物の屋根や壁や扉などが砕かれたような――。

 くうん……。

 駄犬がふいに、きゃんと一声哭いて、走り出した。
 ついてこいと言っているようだ。
 不安になっていたわたしは、痛む頭を堪えながら犬の中途半端に巻いた尻尾を追った。

 空き地を抜ける――やはり変だ、水色のフェンスが破れたりゆがめられたり、酷いことになっている――そのまま犬を追って通りに出た。犬は歩道で待ち構えて振り向いている。
 
 バス停のある場所だ。ここから乗り込んで、図書館に行く。平日は三十分に一回、停まってくれる。
 古いバス停。
 だけどそこには、バス停の残骸があるだけだった。見事にへし折れて、おじぎしている。
 
 おじぎをしているバス停の向こう側を見た。開いた口が塞がらなくなった。

 (爆弾でも落ちたのか)
 そう思う位の惨状だ。
 
 市営アパートは真っ二つに割れている。カステラでも切ったかのようだ。
 おまけに、真っ二つに割った割れ目に、巨大なゾウが逆立ちして突っ込まれている。
 目をぎょろっと開いたゾウさん。見覚えがある。これは、有名な菓子屋のマスコットで、店舗の屋根にでかでかと立っていたやつだ。

 どこから見てもわかるゾウ。
 最高級洋菓子みんな大好きゾウ屋のケーキ。

 CMの文句を思い出した。そうだ、そのモニュメントがあまりにもヘンテコで巨大だから、他の街に行ったら、おまえんとこの街に変なゾウがいるよなってからかわれる。絶対に見間違えようがないから、待ち合わせにも使われる。

 そのゾウが、割れたアパートに刺さっている。
 (誰がこんなことを)

 それにしても人っ子一人いない。滅茶苦茶に破壊された町を歩いているうちに、徐々に思い出してくる。

 そうだわたしは昨晩、ヤケになっていた。それで、誰も知り合いがいなさそうな場末の飲み屋で酒を頼んだら、出て来た酒が存外に旨かった。
 なんという酒だったか聞いたはずだ――全く聞き覚えのない銘柄だった――かっぱりかっぱりと飲んでいるうちにオカシイ気分になり、それからどうなったか分からない。

 ただ一つ覚えているのは、あのマスターの顔と言葉だ。
 ラクダ色の毛糸の帽子をかぶって、髭を生やして眼鏡をかけていた。

 「姉さん飲みすぎは孤独の始まりネ、今からアナタ孤独の旅に出るのネ」

 孤独の旅だと。くうんくうん。
 歩けども歩けども人間どころか生き物すら見えない。いるのはこの汚い犬だけだ。
 (あの店に行けば何かがわかるかもしれん)
 
 あの店。
 緑色の暖簾に「飲みすぎ大歓迎」と白く染め抜かれていた。
 瓦礫だらけの町の中をひたひた歩く。痛む頭の中に、断片的な記憶が蘇る。

 「くそったれ、おどれらみんなコロス、ぶっ壊す、うををををを」

 自分は破壊神であると、どういうわけだか思い込んだ。あの快感。
 ちぎっては投げ。ウーウー。サイレンの音。みなさん大至急非難してください。町の外に逃げてください。危険です。大変危険です。ウーウー。

 きゅうん。
 犬が悲しそうに鼻を鳴らした。

 倒れた電柱を飛び越え、ばりばり剣呑な音を立てている電線を注意深くまたぎ。
 この当りは繁華街のど真ん中。ちょうど、このあたりにあったはず。

 あの店が。


 思い出した。
 
 「やけくそ居酒屋・あともどりはできまへん」
 こんな店名だった。
 
 ばばばば。
 瓦礫の町の天高く、青空にヘリが飛んでいる。

 「わんっ」
 駄犬が一声哭いた。


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