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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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崩れてゆく世界で、私たちは

18/01/01 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:1072

時空モノガタリからの選評

本作はその連作の一部という意味では評価が難しい作品でした。ですが身近に起こった「悲劇」を通じて、子供時代から大人への人生の悲劇的側面への対峙の仕方や、物事の受け止め方の変遷が丁寧につづられていて、全体として求心力のある連作になっていると思います。連作としてもさることながら、個々の作品としても魅力を感じました。第一作の本作では、「事件」の裏側にあるはずの諸事情や大人たちの子供たちへの配慮などは明らかにはされないのですが、その分、大人達の庇護の元で幸せに育ったであろう彼女たちが、「砂のように脆い」世界を全身で受け止めようとするひたむきさや、原初的な喪失感、世界のありようを冷静に見つめる視点の萌芽など、子供時代の心の成長が丁寧に書かれていると思います。

時空モノガタリK

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 私は生まれて初めて、新聞を読んだ日を覚えている。


 真夜中に響く消防車のサイレンの音に目を覚ました私たち家族は、火災現場が驚くほど近いことに不安を覚えた。複数のサイレンが大きな火災を知らせる。
「団地が燃えているらしい」
 その言葉に私は息を飲む。9棟からなる川向こうの大きな団地には、私の友達が大勢暮らしていた。しかし情報を得る手段の少ない昭和の時代、詳細は分からず、10才やそこいらの子供だった私は朝を待って学校へ駆けだしていた。
 クラス内は火事の話で騒然となっていて、私は慌てて親友のHさんを探した。彼女も団地に住んでいるのだ。
 私はHさんの姿を見つけて安堵した。けれど泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だったん?」
「うちは大丈夫やった。でも……」
 彼女の不自然な沈黙が、私は何故なのかその時には気づかなかった。
「火元、O君の所やってん」
「え……」
 彼女と同じ棟の同じ階に住んでいるO君の顔を、私はすぐさま思い出す。明るく活発だったO君。同じクラスにはなったことはないけれど、彼の事は幼稚園の時から知っている。よく団地で遊ぶ私たちの傍で、男子に混じって元気に駆けていたO君。
「……O君は?」
「全身やけどで集中治療室に入ってる。意識戻らへんて……」
 シュウチュウチリョウシツという聞き慣れない単語と、Hさんの表情で容体が深刻な事はすぐに分かった。昨日までありふれた私たちの日常が、音を立てて壊れてゆく。
「なんで火事になったん?」
「色々な……あったらしいわ」
 大人から口止めされている。それが聡明なHさんの、歯切れの悪い言葉の理由だった。
 色々、の意味は次第に明らかになる。
 先生は、あれだけ騒がれる火災の事に一言も触れもしないで、せっせと授業を続けるだけだった。友達が生死の境をさ迷うその時に、まるで何もなかったように机に座っている私たちは、命という名の時間が、学校で教えられた通りに平等ではないことに気づかされ愕然とするのだった。


「知りたかったら……新聞、読んでみるといいよ」
 O君の話題をする代わりにHさんは、私にこう言った。
「記者が来てたから、新聞には火事の話が載ってるんじゃないかな」
 どうすれば大人の言いつけを破らず真実を伝えられるか。Hさんなりの考えだったのだろう。私は家に帰ってから、思い切って新聞を開いた。一面にも大きく団地火災の記事があったけれど、事件を扱う面にはその詳細が記されていた。
 小さく難しい漢字が並んでいて一生懸命読んだが、内容は到底理解しがたい「事件」だった。


 私の頭には団地の部屋の間取りがすぐに浮かんだ。O君は、父と母それに弟の四人家族で暮らしていたらしい。
 事件が起こった夜。
 父は母を……おそらくはO君の遊び道具だったろう金属バットで、何度も殴打した。
 そして、父は灯油を部屋に撒き火を放ったのである。人が密集する団地の一室がたちまち火の海になる。母と弟は逃げられたが、やけどを負ったO君は意識不明の重体。
 父はすでに焼死。団地での大規模火災も危ぶまれたが、必死の消火活動で延焼はなく被害はO君宅だけでとどまったという……。


 熱かった気持ちが一気に底冷えした。
 人を殺す……これほどの悪意が自分と同じ、人間という生き物から生み出されるのだ。
 私は毎日新聞を読み続けた。事件の続報が載ることはなかったけれど、代わりに私は、悲劇は毎日のように起こるのだと覚えた。
 大人たちは、世界が砂のように脆いという事を隠しながら生きている。自分をおびやかす不安を、ニュースという形にして日常から取り除かなければ、笑って生きていくなんて出来ないんだ。
 それからも日々は表面上変わりなく進み、ある日Hさんが明るい声で「O君、意識回復したんだって!」と言ってきた。
「まだメンカイシャゼツやから、お見舞いでけへんけど」
「でも良かったね」
 私たちは心から喜んだ。
 O君、早く学校に来るといいね。
 そんな希望まで持てたのに。

 2週間ほど経って、終礼の時間に先生から伝えられたのは、O君の容体が急変し、先程病院で亡くなったという悲報だった。

 お見舞いの花を見る事もなく、弔いの花に飾られたO君。
 私は悲しみに暮れるHさんの顔をまともに見られなかった。それは彼女も同じだったろう。
 新聞でも、テレビでも、O君の死は報道されることはなかった。きっと皆忙しいのだ、悲しいニュースは一つじゃないから。
 校内でもそうだった。学年集会で一度触れたきりで、先生はO君の事を忘れ去ってしまったように、毎日授業を始める。


 だから、みんな1人でこっそりと泣く。
 もう二度と遊べなくても、O君が今まで生きてきた居場所は残したかった。
 大人には解らない。
 世界が失ったのは、私たちの大切な友達だ。


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このストーリーに関するコメント

18/01/01 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・こちらの作品は冬垣の自伝小説です、『消えてゆく悲劇に、私たちは』『再生してゆく未来で、私たちは』と三部作になっています。
・画像は「写真AC」からお借りしました。

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