1. トップページ
  2. ホモ・エコノミクス、町へくり出す

本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

投稿済みの作品

0

ホモ・エコノミクス、町へくり出す

17/12/24 コンテスト(テーマ):第120回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:417

この作品を評価する

 バーバード大学だかピッツバーグ大学だかコーネル大学だかのMBAコースを修了した若きマイスター。その名はイライジャ・K・シャピロ氏。
 彼の脳はほとんど計算機科学の領域で論じるのが適当といってよく、あらゆる事象を合理的に判断できる。彼の人生が感情面で実り多きものであるかどうかは一考の余地があるものの、なにはともあれそう生まれついてしまったのだからしかたがない。
 あえてくり返そう、彼は絶対に――よろしいか、絶対に不合理な行動をとれないのである。経済学が想定する完全無欠のホモ・エコノミクス、それがイライジャ・K・シャピロ氏なのだ!

     *     *     *

 小春日和のうららかな朝、経済学修士、人間コンピュータ、アーカンソー州が生んだ神童――なんでもよろしいが、ともかくシャピロ氏は町へとくり出した。食料品を買うために近所のディスカウントストアの自動ドアをくぐる。まさにその瞬間、途方もなくでっかい衝撃が彼を襲った。青年が入ろうとした店舗のすぐとなりに、まったくべつの資本で運営された「競合店」が堂々と営業しているではないか!
「なにかのまちがいに決まってる」シャピロ氏は目を固くつむり、こめかみを揉んだ。「需要曲線と供給曲線が交わる一点の価格がナッシュ均衡になるはずだ。そもそも競合店などというものが存在するはずがない」
 おっかなびっくり入店し、それぞれの店が設定した人参の価格を調べる。彼は目を疑った。価格が一致していないのだ! 見たところ商品の形状に瑕疵はなく、生産地もアイダホ州となっている。したがって運賃コストも同じはずだ。
「いったい高いほうの人参を誰が買うんだ? なぜそれを売ってる店は今日まで生きながらえてるんだ?」
 従業員の人件費に差があるのかもしれない(仮にそうだとしても、ではなぜ安い賃金で働かされているほうの従業員がおとなりに転職しないのかという疑問は依然残る)。
 首をひねりながら買い物袋をバンに詰め込み、お次は休憩がてらカフェへと馳せ参じる。鈴の音を鳴らしながら入店し、メニューを広げた瞬間、シャピロ氏はおったまげた。「な、なんだこの価格設定は!?」
 信じられるだろうか。コーヒー一杯が三ドル六十セントもするのである! 一瓶で数十回は同じものを飲めるであろうインスタントコーヒーがちょうどそのくらいで投げ売りされているにもかかわらず。
「こいつは難問だぞ」ウエイトレスに水だけでよい旨を告げ(こんなめちゃくちゃな価格に納得できるはずはない)、シャピロ氏は眉間にしわを寄せる。「見たところ満席に近いし、誰もがインスタントコーヒーの数十倍はするぼったくりコーヒーを飲んでる。悪夢だ……」
 例によって人件費やら店の維持費やらをコストとして計上すればこれくらいの値段になるのかもしれないが、それならそもそもカフェという業態そのものが存在しないはずなのだ。シャピロ氏は合理性からはほど遠い空間にいるために寒気を感じた。三十六計逃げるにしかず。
 立て続けに非合理的なしろものを見せつけられて参っているところに、今度はなにやら人びとの行列ができている。車を停め、何事かとぴょんぴょん跳ねてみるも、行列が長すぎてなにを売っているのか判然としない。しかたなく最後尾について、ようすを見ることに。
「もし、すいませんが」堪えきれずに前の男に尋ねる。「よっぽどお買い得ななにかが売ってるんでしょうね。もしご存じでしたら教えてもらえませんか?」
 前の男は筋骨隆々、海賊みたいな強いひげを生やした南部の農民といったいでたち。シャピロ氏の質問を聞くや否や呵呵大笑、人懐っこい笑みを浮かべた。「おいおい、なにが売ってるか知らないのに並んだってのかい」力こぶを作り、陽気に叩いてみせた。「宝くじだよ、宝くじ。次のやつはキャリーオーバーで一等が六百万ドルなんだぜ」
 青年は見事に虚を突かれた。「た、宝くじですって?」
「そうよ。1から49までの数字を六つ選ぶ。それらがぴったり当たれば億万長者って寸法よ」力こぶを作り、陽気に叩いてみせた。「兄ちゃん、ここだけの話だがね、6と13だけは選ばないほうがいいぜ。獣と悪魔。こんな数字は世の中のためになんねえ」
 シャピロ氏はあまりのことに卒倒しかけたが、気を取り直して当該宝くじの配当金と当選本数を大急ぎで調べる。万が一ということもあるではないか。ところが予想通り、くじ一本三ドルの販売価格に対し、得られる賞金の期待値は一ドル七十セントであった。くり返そう、期待値は一ドル七十セントなのである、三ドルの商品に対してだ!
「夢が膨らむね」農夫は真っ白い歯を見せ、力こぶを叩く。「一等が当たった日にゃ、俺んところのトウモロコシ畑をでっかくしてさ、それで――おい、どうしたい、兄ちゃん」卒倒したシャピロ氏を抱えて、「誰か救急車、救急車を呼んでくれ!」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン