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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。

性別 女性
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しあわせな彼女

17/12/24 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 向本果乃子 閲覧数:429

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 薫子のブログを見つけたのは失業した日だ。スマホをいじりながら酔うために飲んでいた。やさぐれる自分を容認した。安ワインを半分くらい飲んだ時だった。きれいにアップにした髪に上品なワンピースを着て光差す窓辺に立つ薫子を見つけた。私と同じ三十九歳、息子が一人。夫の仕事は不明だが裕福な暮らしはわかる。広々とした洋館に暮らし、気品漂う大きな白い犬を飼っている。こんな世界があるのかと驚く。薫子は東京在住であることに加え、本名も顔も出していた。何よりこんな目立つ家すぐに特定できそうだ。薫子の毎日は煌びやかだ。イブニングドレスを着て出かけるようなパーティやホームパーティが毎月のようにある。私は自虐的な喜びすら覚えて薫子のブログに夢中になった。仕事を探す気力もなく時間だけがあった。頻繁にエステや美容院に通いスーパーフードやサプリを取り入れている若々しい薫子の写真と、鏡に映るほうれい線やしみの目立つ自分の顔とを見比べる。同じ重力を受け同じ年数を生きてもこんなに違うのかと、実験結果でも見せられた気になる。きっと寿命にも大きな差がでるだろう。そんな薫子の日常をお気に入り登録している人は921人もいた。その中で頻繁にコメントしている読者のハンドルネームが目に止まる。○という滅多にないそれはかつての親友であり私の男を奪った女の呼び名と一緒だった。○のサイトに飛ぶ。あの男との結婚式や赤ん坊を抱く○の写真が普通に出てきて呆れた。すごい世の中だ。○のブログは、安い材料でインスタ映えする料理や百均グッズを活用しておしゃれに暮らすアイデアなど、普通の主婦でも素敵に暮らすコツを掲載し話題になり近々本が出版されるらしい。腰掛けで就職し妊娠を機に退職した○が主婦のカリスマと知り私はさらに酒をあおった。失業した日からいつも酔っていた。外に出るのは酒と食料を買いに行く時だけ。化粧もしないでパジャマ兼用のジャージで出かけた。周りにどう思われても関係なかった。薫子はもちろん○ともかけ離れただらしのない卑しい暮らしをすることに逆説的な高揚すら覚えた。私は容姿端麗でも優秀でもないが真面目に勉強し仕事し生きてきた。さぼることも誤魔化すこともなく、おいしい思いをすることがなくとも普通に暮らせるだけで幸せなことと感謝し電車では妊婦やお年寄りに席を譲り、手柄を横取りする上司にも責任を押しつける同僚にも文句を言わずにやってきた。○に恋人を取られた時も○を責めることはなかった。だけど今生まれてはじめての感情が芽生えた。自分にやさぐれることを許した私は、人を嫉み憎むことも許した。仕事も夫も子供もないこの状況が愚直にいい子であろうとした結果なら、今こそ私はいい子を棄てる時ではないか。もう何日飲み続けているかわからず、醒めてる時がない日々の中で、私は○が出版記念のサイン会を開くことを知る。その日も酔ったまま○のいる書店へ向かった。ポケットには護衛用のナイフ。何故そんなものを持ってサイン会へ向かうのか。酔った私の頭にはっきりした意志はない。会場に着くとしかしサイン会は終わっていた。開始時間から二十分しか経っていない。すると○が一人出て行く姿が目に入る。気がつくと○の後をつけていた。背を丸めとぼとぼ歩いていた○が徐々に背筋を伸ばし突然顔を上げたかと思うと早足になっていく。電車に乗る。いくつめかの駅で降りると○は迷いなく歩いて行く。私も必死で追う。○が立ち止まる。目の前には見覚えのある洋館。薫子の家だ。電柱の影から○を見る。洋館の門を見つめる○の顔は青ざめ思い詰めた表情をしている。門が開き、ブログで見たままの薫子が現れた。○が突然飛び出して行き薫子に抱きつくようにぶつかった。○と薫子が重なって地面に倒れる重たい音。私はポケットのナイフの刃を誤って握り、血の滴る痛みに呻きながらその場を逃げ出した。
 
 夫が失業中の○がブログ本で何とか生活していこうと必死だったことを私は後日ネット上に飛び交う情報で知る。しかしサイン会に人は集まらず売上げも伸びそうになかった。記事になるアイデアを考えるのにも疲れ果てていた○は錯乱状態になり、固執していた薫子への憧れを一気に嫉みと憎悪に変え、持ち歩いていた文具の一つ、百均のカッターで薫子を刺した。薫子の傷はたいしたことはなかったが、居合わせた薫子の熱狂的なファンの女性が動画を撮っていてそれをSNSにアップしたため一大ニュースとなった。コメンテーターやライター気取りの大衆が、噂話や憶測、己の価値観に依った批判などをネットに書き散らす。その噂の一つに、薫子は実は子供ができない体で、夫の愛人が産んだ子を跡取りにするために引き取って育てている、というものがあった。薫子のブログは閉鎖され、真相はわからない。○についての真相も薫子についての真相も決してわかることはないだろう。


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