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井川林檎さん

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アバズレ子、決意する

17/12/23 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:1件 井川林檎 閲覧数:569

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 白昼の公道、犬を散歩させているだけなのに、へんなのに絡まれる。
 
 「姉ちゃんいい乳してんなあ。ぐへへへ、ちょっとそこの草むらで……」

 これで二人目。
 一人目は徘徊中のご老体だった。走って逃れた。
 だけどこのおっさんは、分かってやっている。

 はっはっは。
 純潔太郎は、舌を出して、きらきらした黒い目でわたしを見上げる。
 柴の雑種。忠犬そのものの見た目。

 実際、純潔太郎の忠犬ぶりは素晴らしい。飼い主の命令なら何でもやり遂げるのだ。
 「ご主人さま、やっちゃいますか、はっはっは」
 黒い瞳が、伺いを立てている。


 「ハアハア、姉ちゃんがどんな女のか、ここいらでは知れ渡ってんだぜ」

 頭が薄くなりかけた、見た目四十代。
 黒のジャージだ。アパートがたくさんある界隈だから、そのへんの独身野郎か。
 草むらにはエロ雑誌が開かれたまま捨てられてある。土管が詰まれているし、その草むらなら人目につかない。中高生からおっさんまで、幅広い世代のムラムラ野郎どもご愛用の地だろう。


 「純潔太郎、やっておしまい」
 「わんっ」

 リードを離せば、やる気漲る純潔太郎がジャンプする。
 茶色い毛玉凶器。
 飼い主を侮辱した失礼野郎に、容赦なく飛びかかる。ガウガウ。

 「ぎゃっ」
 「ガウガウ、わんわん、ガウガウ」
 
 純潔太郎が野郎の尻に喰らいついたあたりで、わたしはストップをかけた。これ以上やらせたら、純潔太郎はズボンもパンツも引きちぎる。罪なき人々の目を汚す代物が露になる――そこまでよ、純潔太郎――純潔太郎はピンと立った耳で聴き分けて、すぐにわたしの元へ撤退した。

 リードを握り直す。

 はっはっは。
 純潔太郎を頭を撫でて、溜息一つ。寒い空気の中に白い息がぽかんと浮いた。
 
 小学校中学年くらいから、こんなんだ。
 中学に入ってからはシャレにならなくなり、一時期本当に悩んだ。
 引きこもって登校拒否をするわたしに、親はこんこんと説いた。

 「負けちゃだめ。あなたはできる子。強い子」
 「逆にやり返して思い知らせてやる位になりなさい、だらしがない」

 パパもママも、ちょっと常識がずれているけれど、それが個性だと胸を張っている。
 なんでも人と同じだから良いわけじゃない、どぎもを抜くような個性があってこそ、人生が楽しいと言っている。
 
 「だからって、なにもわたしの……」
 泣きながら反発したら、パパは胸を張ってこう言い放った。
 「泣くな。おまえの名前にはちゃんと意味がある。何度も聞かせてやったじゃないかっ」


 
 「姉ちゃんちょっと待てよ」
 破れたお尻を両手でかばいながら、四十男は言った。
 純潔太郎の散歩を続けようとしていたわたしは、足を止めて振り向いた。
 
 猛犬に襲われた恐怖のせいで、青い顔をしている。破れた尻からパンツを晒した彼は、逆切れしていた。
 
 「あんたがアバズレだってのは、みんな知ってることじゃねえか。素直にやらせろよ、アバズレのくせに」
 
 はっはっは。
 また、純潔太郎が舌を出して見上げた。ご主人様どうします、グウの音が出なくなるまでやっちまいますか。
 
 わたしはしかし、敢えて純潔太郎に命じなかった。

 アバズレのくせに。
 一体何度、こんな言葉を投げつけられてきただろう。
 何だか今日は聞き捨てならないような気がしていた。いつもなら無視して通り過ぎるのだけど。

 
 「うっふんあっはん純情奥さん」
 と、でかでかとゴシックで印字されたエロ本。
 草むらでぼろぼろになりながら、笑顔でお股を広げて曝しものになっている女の子。
 
 四十男の肩越しに、それが見えた。
 

 「わたしはアバズレだけど、アバズレではない」
 つかつかと歩み寄ると、グウを固めた右手でアッパーカットをくれてやった。
 ぎゃっと叫んで転がる失礼野郎。

 空が青い。息が白い。
 「行こう、純情太郎」
 はっはっは。


 わたしの名前は、槍捲りアバズレ子。
 名字が「槍捲り」で、名前が「アバズレ子」。
 
 「アは、アメリカンドリームのア。夢のある子になるように」
 「バは、馬力のバ。例え世界大戦が起きても生き抜ける子になるように」
 「ズは、髄膜のズ。髄膜炎にならないように」
 「レは、レッサーパンダのレ。愛嬌のある子になるように」

 おまえの名前には大事な意味が込めてある。
 良い名だよ、誰がなんと言おうとも。

 「強く生きてゆきなさい、アバズレ子。わたしたちの愛娘、アバズレ子おっ」
 
 (パパ、ママ)
 とっとっと。
 純潔太郎の軽やかな足取りが小気味よい。
 高い場所にある白い雲。今日は暖かくなりそうだ。



 (成人したら、改名します)


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このストーリーに関するコメント

18/01/13 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
犬に噛まれてでも追いすがろうとする見た目40代独身男性の必死さに恐怖しますね。とはいえ、主人公を際立たせる『純潔太郎』のネーミングが素晴らしいと感じました。

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