1. トップページ
  2. 廃材置き場で見た夢

マサフトさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

廃材置き場で見た夢

17/12/19 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 マサフト 閲覧数:409

この作品を評価する

最初に覚えているのは、海の近くの駐車場。
まだ無垢だった頃の私は、海の近くでじっとしている毎日だった。波の音と、ウミネコの鳴き声。遠くにタンカーと巨大なガスタンクが見えたのを覚えている。その時の私は待つことが仕事だった。他にも仲間が大勢いたが、私を含めて皆無口だったので会話をしたことは無かった。
ある日作業服を着た男たちが私たちを連れて移動を始めた。無口な仲間たちは散り散りになり、私はひとり幹線道路沿いの建物に押し込められた。建物には大きな窓があって、外は眺められたけど出ることはできなかった。この建物にはいつも大勢の人が居たけれど、私に話しかけてくれる人は誰もおらず、寂しかった。窓の外の道路にはたくさんの車が走っていて、あまりに暇だったので毎日毎日赤いスポーツカーが何台通るか数えて過ごしていた。
何ヶ月か経って、若い男の人に初めて声を掛けられた。
「これからよろしく。君を大事にするよ」
人の良さそうな、紳士的な男性だった。
こちらこそよろしく
声には出せなかったけど、心の中で呟いた。
それからは彼の家で暮らすことになった。彼は決してお金持ちではなかったけれど、私をとても大切に扱ってくれた。朝は彼の職場に一緒に行き、帰りも一緒に帰った。週末にはふたりで色々なところに出かけた。彼が仕事帰りに疲れているときや、良くないことがあって苛立っているときは私が慰めて、私が疲れているときはかれも色々気を遣ってくれた。
初めてのデートは今でも覚えている。海沿いの、夕日が見える展望台だった。赤い夕焼け空の下に菫色の海原、背後には海と同じ色の空に一番星が輝いていた。人生で初めて幸せを感じたひとときだった。
彼と暮らし始めて何年か経った頃、彼に別の女が出来た。内心慌てたけれど、押し黙って我慢した。我慢するしかなかった。
それから更に何年か経って、彼が私を手放すと言ってきた。確かに私はもう歳をとった。彼ももう若者ではなく壮年と呼んでも良い年頃だ。でも、一生共に過ごしてくれると思っていた私には悲しい宣告だった。数年前に付き合いだした別の女は彼と結婚していて、ふたりの間には子供も出来ていた。私の居場所は、既に無かったのだ。それでも彼が私を手元に置いておいてくれたのは、私への愛ゆえだろうと自分に言い聞かせ、おとなしく身を引いた。彼はしきりにすまない、すまないと泣きながら謝っていた。
その後のことは、殆ど覚えていない。いや、思い出したくない。いろんな男を取っ替え引っ替え渡り歩いて、身も心もすっかり荒んでしまった。もう誰も愛せないし、愛されることも無い。最後に付き合った男が酷い男で、散々私に乱暴し、遂には電柱に私の顔を叩きつけ、顔面をズタズタにした挙句廃材置き場に置き去りにして行ったのだ。それからいろんな男が寄ってたかって、もう動くことのできない虫の息の私の、手や足や内臓までも、まだ使えるまだ使えるともぎ取って行った。
もう、死を待つばかりの私にできることは、空を眺めることだけだった。夕焼け空と菫色の空。その間に一番星が輝いている。展望台に行ったときのことを思い出す。私に涙が流せたら、きっとこの廃材置き場は海になっていただろう。
私を殺すためのプレス機が近づいてきた。彼に、初めて私に声を掛けてくれた彼に、お礼を言えなかった。幸せをありがとう、と。生まれ変われたら、また側にいたいと。一言伝えたかった。

プァァァアア………

型落ちの古い赤いスポーツカーがプレス機に潰された瞬間、泣くような哀しい音のクラクションが辺りに鳴り響いた。日が沈んだ薄暗い廃材置き場には、その音に耳を傾ける者は誰もいなかった。月だけが、冷えた瞳で見下ろしていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン