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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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おかあさん

17/12/18 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:381

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 昼食の時間になって、澪はランドセルの中から弁当を取り出した。弁当箱の材質は天然の檜で職人が丁寧に漆を塗ったもの。それを包む手ぬぐいは京都にある老舗綿布店で買ったものだ。
 小学五年生になる澪の持ち物は、全て高級品で揃えられている。家の中も同じで、そう決めたのは父だった。父は代々続く製鉄会社の社長で滅多に家には帰って来ない。母は澪を生んですぐに亡くなっている。家の中のことは、和子さんという七十歳になる通いのお手伝いさんが完璧に取り仕切っている。

 そんな家の中に、ある日、異質なものが混じった。澪が学校から帰ると見知らぬ若い女が父といた。二十歳を少し過ぎたくらいの、若いけれど地味な女だった。
「澪のお母さんになるひとだよ」
 いつも高圧的な物言いをする父には珍しく柔らかい声だった。そんな父の声に、澪は訳もわからず傷ついていた。

 弁当箱を開けると、怪獣だか何だかよくわからない物体が笑っていた。口は輪切りにされたトマトで、頬っぺたはミニトマト、目はうずらの卵だった。
「やめて欲しいです」
 家に帰ると、澪はすぐに若い女に言った。酷い恥をかいた。澪が通う学校は、澪と同じような家柄の子供が通っている。あんなふざけた弁当を持ってくる子は一人もいない。
 家のことを和子さんと分担してやるようになったらしく、どういうわけか澪の弁当作りはあの女が担当している。弁当の蓋を開けて、おかしなキャラクターが顔を出すことはあれ以来なかったが、代わりに出てくるのは全体的に茶色い、著しく彩りに欠けたおかずだった。味が薄い。形も悪い。汁がこぼれていることもあった。シミのついた手ぬぐいを見ながら、「煮物の汁が多すぎる」とひとり弁当の時間に心の中で憤った。
 あの若い女とは、ほとんど顔を合わすことがない。澪は毎日忙しい。平日は学校が終ると習い事がある。休みの日は朝から塾へ行く。この家の中にある父が愛する高級なものに澪自身がなれるように、物心ついた頃からずっと努力してきた。それなのに、お父さん、どうしてあんな女を家に連れて来たのですか。
 直接、問いただしたくても、相変わらず父は帰ってこない。澪と、若い女と、通いの和子さんがときどき家にいる、そんな生活が続いた。 

「こんなに花が買えるなんて、綺麗だけど、なんだかもったいない気がします」
「そうねぇ。でも、パッと家の中が華やぎますからね」
 リビングで和子さんに手ほどきを受けながら、若い女が花を活けている。これも割り当てられた仕事のひとつらしい。「もったいない」と言えるほど、女は高い花を買ってきたことがない。家にある花瓶とは不釣り合いの地味な花ばかりを選んでくる。今日の花はカスミソウだ。
「貧乏性だから」
 それが女の口癖だった。
「私は薔薇が好きなんだけど」
 澪が嫌味を言っても、話をしてくれるだけで嬉しい、というように笑っている。あざとい女だと最初の頃は思っていた。
 それなのに、いつの間にかそう感じなくなっている自分に気づいた。カスミソウは確かに地味な花だけど、可愛い花でもある。家の中にある花瓶のほうが、どれもこれも行き過ぎというくらいに仰々しいのだと、そんな風に、澪は思うようになっていた。

 母というには若すぎる若い女。彼女がこの家に来てから半年が過ぎた。今日は珍しく高級な花を活けている。どうして、としばらく考えたあとに、気づいた。今日は澪の誕生日だ。だから、薔薇を買ってきたのだろう。
 心がざわざわする。たぶん、これは嬉しいということだ。でも、それを悟られるのは酷く恥ずかしい。
「きれいな薔薇だね」
 そっけない声で、そう言うのが精一杯だった。
「うん」
 あのひとも、それだけしか言わなかった。
「水が合わないと思ったけど、よかったですねぇ」
 和子さんの言葉を聞いた瞬間に、彼女は肩を震わせながら泣いた。澪は言葉の意味も涙の理由も分からなかった。ただ、和子さんが優しく撫でる彼女の肩がやけに頼りなく見えた。その肩に、澪も手を伸ばしたかった。そして、どうしてかわからないけれど、ふいにこのひとを「おかあさん」と呼びたくなった。
 まだ若いから嫌がるかもしれない。一回りしか年の違わない澪に「おかあさん」なんて言われても迷惑かもしれない。だけど言いたい。嫌がられても、迷惑がられても、澪はこのひとを「おかあさん」と呼びたかった。

 昼の時間になって、澪は弁当の蓋を開けた。色合いの良いものがぎっしりと詰めこまれている。最初の頃はうす味だった。でも、今では味がしっかりと付いたおかずが入っている。卵焼きは綺麗に焼かれているし、汁がこぼれることもなくなった。
 汁気のあるものを入れるときは、手ぬぐいではなくナイロン製の巾着に弁当が入っている。どう見ても安物の巾着だったけれど、澪はもう、気にならなかった。



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