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孤独な花見

17/12/18 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 OSM 閲覧数:311

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 二人で近所の公園へ花見に行く計画が、前日になって薫子に用事が入ったために中止を余儀なくされ、清作は落胆を禁じ得なかった。
 あまりの落胆ぶりに心を痛めたらしい薫子は、「清くんの分のお弁当を作るから、一人で花見に行ってくれば」と提案した。二人で行くからこそ花見は楽しいのであって、一人で行っても無意味だと清作は思ったが、裏腹に提案を受け入れたのは、彼が薫子の作る料理の狂信的な信者だからに他ならない。かくして彼は、恋人手製の弁当を持参し、徒歩十分の場所にある公園を一人訪れた。四月初旬の正午過ぎのことだ。
 公園内は花見客でごった返し、幾本か植わっている桜の樹の周囲には、既にシートが殆ど隙間なく敷かれている。清作は遅まきながら、敷物を持参するのを忘れたことに気がついたが、下が芝生になっている場所もあると知り、そこへ座ればいいと思い直した。先客がなく、地面が芝生。数分間さ迷った末、二つの条件を満たす場所を発見し、安堵の溜息と共に腰を下ろす。
 多くの花見客と同様、清作も桜には関心がない。一人で来ているが故に、連れの者と桜花の美麗さを批評し合う義務から免れた彼は、空腹に急かされ、膝の上の弁当箱を開けにかかった。その矢先、話し声が聞こえてきた。
「一人で花見に来るって、有り得なくない?」
 声を発したのは、清作の近くに敷かれたシートの上に座る、若いカップルの女の方だった。口元を掌で覆い、男の耳元に唇を近づけているのを見るに、女としては、男のみに聞こえるように言ったつもりなのかもしれない。しかしながら、彼らがいる場所は人口密度が比較的低い、静かな場所だったため、小声でも清作の耳に届いたのだった。
 花見は一人で行くものではない、という思いは当初よりあったため、清作の頬は瞬く間に羞恥に紅潮した。カップルはすぐに清作から関心を失い、二人だけの会話に戻った。それに伴い、羞恥の念は急速に薄らいでいき、反比例して怒りが沸々と湧いてきた。言うまでもなく、清作の孤独を嘲笑したカップルに対する怒りだ。
 清作としては、加害者から欠点に類する要素を見出し、優越感を抱くことによって怒りを忘れたかった。カップルが二人のみの世界に帰ったのに付け込み、さり気なく、且つ抜かりなく二人を観察する。その結果、彼らが食べている弁当が、コンビニエンスストアで販売されているそれだということを彼は発見した。
(桜の花も見ないくせに、わざわざコンビニ弁当を食べるために公園に来て、何の意味があるんだ? 馬鹿だなあ)
 心中で呟いた時には、怒りは完全に解消されていた。清作は弁当箱の蓋を開けた。
 白飯。鶏の唐揚げ。卵焼き。青菜の胡麻和え。弁当用の赤いウインナーを炒めたもの。期待通りのカラフルな中身に、清作の頬は思わず綻んだ。野菜の少なさが少々気になったが、空腹の前ではそのような事実は些事でしかない。嬉々として箸を手に取る。
 真っ先に唐揚げを頬張った。生姜の風味が効いていて非常に美味だ。次いで他のおかずも一口ずつ食した。どれも満足がいく味だ。彼は夢中になって弁当を食べた。
 半量ほどを平らげ、ひとまず空腹が解消されたことで、清作は周囲に気を配る心の余裕を回復した。公園内の賑わい、吹き抜ける春風、そしてカップルの話し声。
「職場の先輩の友達に○○さんって子がいるんだけど、その子、旦那さんが海外出張している隙に家に男を連れ込んで――」
 喋っているのは女の方だった。「おや」と清作は思った。不特定多数の人間が集まり、暗黙のうちに陽気さが求められる場に相応しくない話題を口にした女の神経が信じがたかったのではない。恋人との食事中にわざわざ浮気の話題を出したことが意味深長に感じられたのだ。
 清作はにわかにカップルの関係性に関心を覚えた。彼らの会話に聞き耳を立てながら、卵焼きを箸でつまみ、口に運ぼうとして、はたと気がつく。本日の卵焼きは、文字通り、卵を焼いただけの卵焼きだということに。
 ありふれたおかずにちょっとした工夫を凝らし、食事を少しでも華やかにする努力を怠らない薫子だのに、今日の弁当は何だ。卵焼きには海苔もたらこも葱も入っていないし、ご飯は真っ白だし、青菜の胡麻和えには一種類しか青菜が使用されていない。鶏の唐揚げは冷凍のもので、ウインナーは炒めただけだ。
 はっきり言って、手抜きだ。きつい言い方が許されるならば、愛情が感じられない。
(薫子は用事が入って花見に行けなくなったと言ったが、用事というのは、まさか……)
 卵焼きを挟んだ箸を手にしたまま、清作は身じろぎ一つできない。公園内の賑わい、吹き抜ける春風、カップルの話し声……。


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