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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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滑り饅頭

17/12/17 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:416

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 「お店の前を通っちゃだめでしょ」
 滑って転んだ女の子を抱きかかえながら、母親が店の前をさけて横に曲がっていった。店の横の道から裏の道に回って、Uの字に歩いてまた表通りへ戻るつもりなのだ。
 饅頭屋の前を道行く人は皆店の前を避けて通っていた。なぜか三カ月ほど前から、店の前の歩道五メートル圏内だけが急に滑るようになったのだ。通る人、通る人、皆が滑って転んでしまう。それ以外の前後の歩道は滑ることがなかった。役所が原因を調べたが、いくら調べてもわからず、舗装をし直しても滑らないようにはならなかった。店主が滑り止めマットを敷いても効果はなく、人も自転車も犬も猫もそのエリアに入った全てのものが滑って倒れた。
 饅頭の味は権威あるグルメ本で絶賛されるほどで、値段も安く、店主の穏やかな人柄も安心が出来、店も明るく清潔でとても評判が良かったのだが、滑って怪我をする心配までして饅頭を買おうと思う人はそう多くはいなかった。
「美味しいから買いたいけど、危険を冒してまではねえ」
 そんな会話が店横の道沿いからよく聞こえてきたものだ。
 理由もわからず舗装の対策を講じても効果はなく、通る人は皆ズルッズルッと滑り続けるので客は滅多に来なかった。来る客といえば母親のお使いの小学生の男の子くらいのものだった。店の前で尻をついて滑りながら楽しそうに来てくれるのは嬉しかったのだが、客がお使いの小学生だけでは経営が成り立たなかった。
「縁起が悪いからあの店の前は通ったら駄目。すべるわよ」
 受験を控えた中高生やその親からそんな悪評がたつのに時間はかからなかった。受験に失敗するのは店の前で滑ることと関係ないじゃないか、俺はただ美味しい饅頭をみんなに食べて欲しいだけなんだ。店主はそう思いながらも誰に文句をいうこともできず饅頭を作り続けていた。
 このままでは店が潰れてしまう。一年前に勤めていた銀行を定年退職して始めた店。長年の夢だった饅頭屋をようやく始めることができた。その夢が自分に責任のないことで破れてしまうなんて納得がいかない。店主は考えに考え、店の入口に看板を立てた。
(あなたが滑れば、相手がすべる! 滑り饅頭)
 意味は読み手によって如何様にもとれたが、歩道で受験生が滑れば競争相手の受験生がすべって不合格になると解釈された。それだけでなく就職試験や資格試験、それに昇級試験などのあらゆる試験の競争相手をすべらせることができる場所として、店主の思惑通りに饅頭屋前の歩道は一気に評判になっていった。
「どうかあいつが大学にすべりますように」
「あの子が就職試験にすべって町に残りますように」
「彼が運転免許の試験にすべりますように」
 夜や早朝の人通りのない時間帯になると、どこからか現れては祈りながらズルッと滑るのだった。そしてより効果を高めるために店主が新しく考案した『滑り饅頭』を買って帰った。
 自ら滑りに来た客が滑り饅頭を求めて来るようになると、経営は安定してきたが店の評判は悪くなった。人の不幸を願う饅頭屋、訪れる客も自分の幸せのために他人の不幸を祈る悪い人たち、あそこの饅頭を食べるなんて人格を疑う、など悪口を店の側で聞こえがしに言うようになった。一度も食べたことのない人たちさえ「土の味がする」だの「不味い」だの言い始めた。お使いの小学生も全く来なくなった。
 店主は単純に自慢の饅頭を食べて欲しかっただけだ。売れなければ店が倒産してしまう。売れさえすれば味は権威あるグルメ本の保証付きなのだから客に満足してもらえるし、店が潰れることもない。そう考えていたのだが、まさか憎まれるほどの存在になるとは想像もしていなかった。
 道に油を撒いて滑るようにしているんだろう。蝋でも塗っているんじゃないか。悪い噂は次第に広まり店に石を投げられることもあった。
 誹謗中傷に耐えられなくなった店主は看板を仕舞い、滑り饅頭の販売を止めた。たとえ饅頭が売れなくても愛される店でいるほうを選んだのだ。
 ところが看板を仕舞い、滑り饅頭の販売を止めた当日に店は破壊された。滑る歩道のことを何も知らないトラックが歩道にタイヤを乗り上げた拍子に滑って、そのまま店の硝子を割って突入してきたのだった。
 そのとき入口の近くにいた店主はトラックを避けようとして店の前に出て、滑って腕を骨折してしまった。誰かが呼んだ警官も救急車から降りてきた隊員も店の前で滑って転んだ。
「もうおしまいだ」
 店主が細く叫んだ瞬間、騒ぎを聞きつけて集まってきた大勢の人達が一斉に拍手をし始めた。
「これで他人の不幸を願う饅頭屋はなくなったぞ」
 見知らぬ若者が一歩前に出てきて拳をあげた。遠巻きに取り囲んだ人々の拍手はさらに大きくなった。誰もが爽やかな笑みを浮かべながら壊れた店と店主を満足そうに眺めていた。


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