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Sage.Nさん

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たいていの人間がゴミと呼ぶもの

17/12/17 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 Sage.N 閲覧数:462

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 これは、なんというか、物語、じゃない。単なる実話だ。
 その話をする前に、まず、質問がある。
「世の中で一番美味い食べ物って、なんだと思う?」
 いや、答えなくていい。そもそも、この質問には致命的な欠陥がある。
 美味いというのは感覚だ。感覚なんてのは、人によって異なる。人によるどころか、時期にもよる。とくに味覚の不安定さといったらない。子供の頃と大人になってからじゃ、美味いと感じるものは違うし、腹が減っているときと満腹のときでも違う。だから、世の中で一番美味い食べ物、なんてものは、ない。世の中で一番おもしろい物語、なんてものが存在しないように。
 じゃあ、どういう質問なら欠陥がないかといえば、こうだ。
「あなたがこれまでの人生で食べたもののなかで、一番おいしいと感じたものはなんですか?」
 完璧な質問だろう。これなら、たいていの人間は、自分の記憶のなかから答えを探ることができる。
 さあ、答えてみてくれ。なんだろう? ふぐか。松茸とか? 松阪牛のステーキ? キャビア、フォアグラ……あとなんだっけ。なんかあったよな、世界三大珍味みたいなやつが。トリュフか。
 逆にそういう高いものじゃなく、カレーライスとか、ハンバーグとか、いたって平凡なものかもしれないな。……あん? おい、スターゲイジー・パイって答えたおまえ、頭か味覚おかしいだろ。
 まあ、いい。好き好きだ。おれの答えだって、人のこといえるほどまっとうなもんじゃない。
 おれは、さっきの質問には、こう答える。
「おにぎり。シーチキンマヨネーズ味の」
 平凡だと思うか? いや、まだ説明が足りない。おれがそのごくありふれた、どこのコンビニにも置いてあるようなポピュラーなおにぎりを「人生で一番美味い」と感じたのには、ちょっと平凡じゃない理由がある。

 季節は冬だ。真冬のど真ん中。雪は降ってなかったが、マスクをつけてたら呼気で凍ってカチカチになるくらいの気温。
 その頃、おれはホームレスだった。しかも、悪いことにホームレスになって三日かそこらの素人だった。ホームレスになるちょっと前まではバイトをしていたから、手持ちはいくらかあったんだが、ホームレス生活がいつまで続くかわからないのに、うかつに金を使う気にはなれない。
 そこでおれは、生まれて初めて、ゴミあさりというやつをした。緑と白のストライプが印象的なデザインの、日本全国どこにでもあるコンビニの、ゴミ捨て場で。
 おれは一応、ひと気がないのを見すまして、ゴミをあさった。で、いくつかあるゴミ袋のなかのひとつを漁ってたときに出てきたのが、誰かが食いかけで捨てたらしい弁当だった。プラスチックのトレイのなかに、ほとんど手つかずで残っていたおにぎりが一個だけあった。ゴミあさりをしてる姿を誰かに見つかるのは、あんまりいい図じゃないから、おれはそのおにぎりだけ持って、コンビニの敷地内から出た。
 出た、と思ったところで、食いついた。冷たかった。けど、美味かった。泣くほど美味かった。そして、笑うほど。買えば百円程度のものだ。それをタダで手に入れた喜びは、渾身の笑顔とガッツポーズをおれに与えてくれた。
 いまから思えばバカらしい。ホームレスになるには、資格がいる。というか、捨てなきゃいけないものがいくつかあって、そのなかのひとつが、プライドだ。おれは、それを百円と引き換えに放り投げた。そのおにぎりにかぶりついた瞬間――いや、そもそもゴミあさりをした瞬間、か? おれは、底辺中の底辺に落ちたってわけだ。でも、自分でそうとは気づいていなかった。うれしくてしょうがなかったし、楽しかった。本当に心からそう思っていたんだから、まったく、感覚なんてあてにならない。
 その後、おれはホームレスとして、ごく当たり前にゴミあさりをするようになった。ダンボールや発泡スチロールで寝床を作ったり、凍死しない努力もしていた。ただ、炊き出しには並んだことがない。炊き出しをやってる場所は、なんとなく聞いたことがあったが、人様の世話になるのは、なんか違う気がした。ホームレスになるために捨てたプライドとはべつの、人の善意に付け入るようなことをしてはならない、という徳義心が、おれのなかにかすかに残っていたからだろう。
 で、まあ、それからいろいろあって、おれはホームレス生活から足を洗った。冬から春になり、梅雨に入るまでの、ほんの半年足らずのホームレス生活だった。いまから思えば夢みたいな、現実感のない生活だ。でも、あのときのおにぎりの味は、一生忘れないだろう。実際、夢の名残みたいに、まだ時々舌が思い出すことがある。たいていの人間がゴミと呼ぶ、あの弁当の残骸から見つけた、ささやかな美味を。


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