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八王子さん

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冷たい愛

17/12/17 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:0件 八王子 閲覧数:278

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 学校生活において、昼が一番の楽しみじゃなくなったのは、いつからだっただろうか。

 公立の中学校教師になって十数年。
 今年は一年生の担任になったのだが、教師生活で一度も遭遇したことのなかった生徒がいる。
 牧野という男子生徒。
 成績にも普段の素行にも問題がなく、取り立てて目立つような生徒ではないのだが、誰もが笑顔で好きな者同士で食べている昼時は別だ。
「お前今日もそういう弁当かよ」
「かわいそー」
 男子の誰かがからかうように言えば、みんなに聞こえるようなボリュームでヒソヒソ話をする女子まで出てくる。
 俺の弁当も他人のことは言えない、自然解凍の冷凍食品ばかりを詰め込んだ弁当なのだが、牧野のは違う。
 透明な蓋がついた、黒い容器の弁当。
 つまりコンビニやスーパーで売られている弁当をそのまま持ってきているのだ。
 たまに菓子パンだけの生徒もいるが、中学の一年生という時期で、そういう弁当は悪目立ちする。
 こういう周りと違うことひとつで、クラスから浮いて友達ができないのが子供で、牧野も例外ではない。
 教師としてどうするべきか頭を抱えているところなので、放課後に呼び出してみた。

「呼び出して悪かったな。弁当のことで聞きたいんだが、ご両親は忙しいのか?」
「はい」
「そのまあ、なんだ……周りのみんなが持ってきている弁当を持ってはこれないか? 悪いことはないんだが、目立ってイヤじゃないか?」
「別にイヤではないです」
「でも、そういう出来合いのものではなく、そのご両親にお願いすることは」
「大丈夫です。僕のお弁当も、ちゃんと手作りですから」
 そうは言うが、どこからどう見ても売られている弁当そのままだ。
 あの弁当容器を好んで弁当箱代わりに使用するには強度もなにもかもが不足だろう。
「確かに手作りではあるが」
 菓子パンやコンビニおにぎりよりは人の手が入っている。
 だが、俺が言いたいのはそういうことではないと牧野には伝わらないのか。
「値段を心配するのなら冷凍食品だって高いと思いますよ」
「それはまあ……」
 半額を狙っていかないと、かなりの出費になってしまう独り身の辛いところ。
 結局、牧野を説得できないまま帰すことになってしまい、また次の日も同じような弁当を持ってきた。

 なんの進展のないまま、時間だけが経ち、説得の文言もなにも浮かばないため諦めつつあった。
 一人の生徒の昼食の形態にまで、教師が干渉するのはお門違いだろうし、最近の惣菜弁当は美味いのは否定できない。
「ああ、遅くなった……」
 近く行われる定期テストの問題作りをしていたら、思ったよりも時間がかかってしまった。
 帰り際スーパーに足を運べば、こういう時に頼りになる弁当は値引きをされて売り切れたあと。
 帰ってから料理をする気も起きない俺は、牛丼かなんかで簡単に済ませようと、商店街の方に足を伸ばした。
「いい匂いがするな」
 どこかの居酒屋の炭火焼きの匂いでもしてくるのか、と匂いに誘われるままに歩けば、一際明るい光を発しながらに、こじんまりとした店舗が商店街の端っこにあった。
「こんなところに弁当屋が」
「いらっしゃいませー」
「手作り弁当か」
 チェーン店ではない聞いたことのない名前の店だったが、のり弁のサンプルを見ただけで腹が盛大に鳴りだしてしまう。
「あら? 先生? 板橋先生ですよね?」
 商品ディスプレイに目を奪われていると、カウンターの向こうから名前を呼ばれる。
「牧野の母です。三年前、姉の方がお世話になっていて、今年は息子がお世話になっております」
 エプロンをまとった化粧っ気のない女性の声に、三年前の記憶と一緒にすべての点が線になった。
「この春、念願叶ってお店を持つことができたんですけど、思ったよりも大変で、あまり子供たちに手をかけていられないんですけど、なにか問題とかありましたでしょうか?」
「あ、いえ……特に大きな問題もなく――家庭訪問とかではなく」
 腹を押さえてみれば親しみやすい笑顔を向けられてしまう。
 牧野の持ってきている弁当は、正真正銘、母親の愛の詰まった弁当だったのだ。
 これはもしかしたら、他の誰よりも昼が楽しみな弁当かもしれないと、目を奪われるたくさんのメニューを見て改めて思う。
「うちのお弁当は全部、愛がたくさん詰まってますからね」
 その笑顔につられて、明日の昼の分まで買ってしまった。

(了)


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