1. トップページ
  2. ル・パニエ-レパ・ファタール 〜運命の弁当〜

カンブリアさん

もっと昔もありました。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

ル・パニエ-レパ・ファタール 〜運命の弁当〜

17/12/16 コンテスト(テーマ):第149回 時空モノガタリ文学賞 【 弁当 】 コメント:1件 カンブリア 閲覧数:442

この作品を評価する

「どうして、お料理教室の先生になったんですか?」
 みなが見惚れていたのは彼の指だった。
 あの繊細な長い指が、自分の手に重ねられる様を夢見ない生徒はいなかった。
 そして、顔だちも美しかった。ほっそりとして少年の甘さを残した横顔は、まるで冬の朝の白樺のように清らかで、どこか悲しかった。
 どうしてこんな冴えない自分に、心を許してくれたのだろう。
 いつしか月に一度、共に過ごすようになった。もちろん、何も起こらない。時代遅れの純喫茶で、本を読んだり、他愛のない話をしたり。
 でも、それでよかった。彼の表情が時折ふっと優しくなる。自分だけが知っているあの顔。密会ともいえぬ密会は、しかしわたしを甘く苛んだ。
 彼のことをもっと知りたい。
 けれど、もし拒絶されたら……。
 だから、身近なことを訊いてみた。
「え?」
「お、おかしくはないですよね、シェフだってパティシエだって、男の人ばかりだし」
 早口になるのを懸命に抑える。
「で、でも、きっかけっていうか、どうしてかなと……」
 目がすっと細められる。
「あ……」
 どうしよう。
 なんて馬鹿だったんだ。
「す、すみません、失礼なことを……!」
「いえ」
 そう言い、すっと窓の外に視線を向ける。
 粉雪が、ゆっくりと舞っている。
「秘密にしてもらえますか?」
「は、はい、もちろんです……!」
 深呼吸をすると、話し始める。

 小学校三年生の、初夏のある日です。
 キャラ弁というのが流行っていたんです。様々なキャラクターを食材で弁当の上に描く。幼稚なものだと、呆れていました。
 その日も、昼休みに何人かの女の子が、
「どれが一番いい?」と、
 それぞれのお弁当を見せつけてきました。
 バカにして横目で見ていた自分の視線は、思わず吸い寄せられました。
 その中の一つ、
 女の子の顔が大きく描かれたお弁当。
 なんと美しく、可憐で、
 そして、お弁当の少女は話し出したのです。
「はじめまして、わたしシャーリーっていうの」

「……」
 話し出した?
 弁当が?
 しかし、真剣な表情に言葉を飲み込む。

「あなたのお名前は?」
 小首をかしげて訊く、その透き通った声、はにかむ口元、こぼれ落ちそうな輝くひとみ。
 ぼうっとしながら自分も名乗りました。
「そうなんだ、いい名前ね」
 瞬間、これが恋なんだと悟っていました。
「ねえねえ、どれが好き?」
 クラスメートの声で現実に引き戻されます。
 彼女の声は、幸いにも自分にしか聞こえないようでした。
 シャーリーを持っている子に、君のが一番だ、ぜひ自分のと交換してほしいというと、前から僕に好感を持っていたもので、あっさり了承してくれました。
 教室は面倒ですから、二人きりで屋上へ出ます。
「ねえ、もっとあなたのことも教えて?」
 すぐに昔からの友達同士のように話し始めていました。彼女は魔法少女としての戦いに悩んでいて、自分は両親からの期待が重荷で。
 次第に彼女のうるんだ瞳から目が離せなくなり、
「あ……」
 自然に唇を合わせていました。
「わたしたち、さっき会ったばかりなのに……」
 頬を染める彼女。自分も驚いていました。
「もっと、あなたのこと知りたいな」
 仮病で早退し、次の日も休み、ずっとシャーリーと過ごしました。両親は留守がちでしたし、婆やは僕に甘かったので。
 外出もしました。公園や、彼女を膝にのせてアニメの映画を見たり、ほんとうに楽しかった。一緒にいるだけで、夢がすべて叶ったような気持ちでした。
 けれど、幸せな日々は長くは続きませんでした。
 彼女が痛んで臭い始めたのです。
「もう、ダメだよ」
 励ましにも俯くばかり。
 涙を流し、そっと言いました。
「お願い、わたしのこと、食べて?」
 そんなバカな。
 必死に拒否しました。
「でも、わたしはお弁当だから」
 頼み続ける彼女。
「食べてくれればあなたと一つになって、ずっとずっと一緒にいられる……」
 ついに了承し、泣きながら彼女を食べました。
 あまりにも辛い、恋の終わりでした。そのあとおなかを壊してしばらく寝込みました……。

 ふざけているわけではなさそうだった。
「シャーリーを作った料理研究家に、高卒後すぐ弟子入りしました。彼女に生きている弁当を作る能力があるわけではなく、あれは奇跡的な偶然だったようです、まるで生命の誕生のような。自分は、いつの日か彼女と再会することを夢見て、お弁当を作り続けているのです」
 カバンの中からお弁当、現れる少女の顔。
 恐ろしいほどの美しさ。
「まだ会いに来てはくれないのですが……」
 呟き、うなだれる彼。
 ……だが、わたしはたしかに見たのだ。
 ふたが閉まる瞬間、少女が卵焼きとノリでできた瞳で、ぱちんと得意気にウィンクをしたのを……。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/12/16 カンブリア

Dubosclard Carolineさん、西出佳代さんにご協力をいただきました。
謹んでお礼申し上げます。

ログイン