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KOUICHI YOSHIOKAさん

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壁に挟まった!

17/12/13 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:590

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 壁に挟まった。
 ビルとビルとの壁の隙間に源蔵は挟まってしまった。仕事を終えて、結婚紹介所で紹介された女性との待ち合せ場所へ急いでいる途中だった。予定より長めの残業をしてしまったため、普段はけして通ることのないビルの隙間の近道を通ってしまったのが原因だ。会社の若手社員がこの隙間を利用して駅と会社を行き来しているのは以前から知っていた。二分近くは早くなると得意そうに話すのを何度か聞いたことがある。
 確かに源蔵は太っている。太っているが、まさかビルとビルの間に挟まって身動きができなくなるとは夢にも思ってみなかった。抜けるまで後十センチ、その後十センチの所で前にも後ろにも動けなくなってしまったのだ。時間さえ気にしなければこの隙間を通ることなんて考えもしなかったのだが。
 結婚相談所で紹介された女性と会うのは今日で二度目だった。二十七歳、初婚、これまで数十人紹介された中で一番の美人だった。その女性と初めて二人きりでディナーをとる日なのだ。今度こそは、と源蔵は意気込んでいたというのに。
 腕が動かないのだから携帯電話で連絡をとることもできない。まばらだが駅に近いので人通りはある。誰かに助けを求めることだって出来そうだ。しかし五十歳になる恰幅のよいスーツ姿の男がこんなことで助けを求めるなんて恥ずかしくて出来ないものだ。
 源蔵はやむを得ず新調したスーツが擦り切れるのを覚悟して、どうにか体を動かそうとしたが、あまりにぴったりと填まってしまったので身動きがまったくとれなかった。
「部長、どうされましたか」
 前を通りかかった会社帰りの妙子が立ち止まっていた。丸い目が興味深そうに瞬きをしている。太っている源蔵の更に倍以上に太っているので、前をふさがれると光が遮られて暗かった。
「いや、ちょっとな。その、良い天気だな」
「もしかして挟まっているんじゃ」
「馬鹿なことを言うなよ。そう、経理の書類のことを考えていてな」
「仕事熱心なんですね。さすがです」
 妙子は頭を下げるとすぐに立ち去ろうとした。
「あ、待って。ええと、今は何時かな」
「六時三十分です。部長、時計持っていないんですか」
「たまたま今日に限って時計を忘れてしまっただけだよ」
 七時までに待ち合せ場所に行けるだろうか。
「そうなんですね。それではお先に失礼します」
「あ、そうそう、利益余剰金の資本組入についてなんだが・・・・・・」
「部長、どうしたんですか。急に仕事の話だなんて、何か他にあるんじゃないですか」
 疑い深そうな妙子の顔が近づいてきた。
 源蔵はスーパーコンピューター並の早さで計算した。挟まったことを言うべきか、言わざるべきか。今助けてもらえば女性との約束の時間に間に合う、だが挟まっていることを言ってしまえば、おしゃべり好きの妙子のことだ、明日には会社中で笑いの種にされてしまうだろう。経理部長としての威厳が保てなくなってしまう。
「実は、はさ、まって・・・・・・」
「何ですか。大きな声で言ってください。部長らしくないですよ」
「挟まってしまったんだ。動けないんだよ」
 源蔵はつい怒鳴ってしまった。妙子は年齢も同じで同期入社ということもあってか、怒鳴られても萎縮することはなかった。
「やっぱり、そうなんじゃないかと思ったの。部長らしくもないですね。人一倍慎重なくせに」
「頼むよ。急いでいるんだ」
「無趣味で、家に帰っても誰もいない部長に急ぐ用事なんてあるんですか」
 面倒くさい女だ、と源蔵は思ったがそんなことを言うわけにはいかず苦笑いして誤魔化すしかなかった。
「何ですか、何か隠しているでしょう。言ってくれないと助けませんよ」
 切羽詰まっていた源蔵は説明するしかなかった。この後、結婚相談所で紹介された女性と食事の約束をしていること。その女性と上手くいきかけていることを話した。
 説明を聞いた妙子はしばらく怒ったように源蔵を睨みつけていたが、なにも言わずスーツの両襟を掴んで引っ張った。あまりの力強さに源蔵は思わず悲鳴をあげた。袖は破れて穴が開き、スーツの中の白いワイシャツには血が滲んだ。
「痛いじゃないか。手加減というものを知らないのか」
 礼より先に文句を言ってしまったことに気づく余裕もなく、源蔵はすぐに駆けて行こうとした。七時までは後五分じかない。駆けて行けばぎりぎり間に合いそうだ。
「行ったら駄目、行かせないから。行かなくてもいいから」
 妙子の太い両腕が源蔵を抱きしめた。強力な力で動くことができない。
「あたしが部長と結婚してあげる。幸せにしてあげるから。ずっと前から好きだったの知っているでしょう」
 そんなこと知らない、と言いたくても胸に顔を押しつけられて言えず、息さえも出来なかった。どんなに藻掻いても体はピクリともしない。しだいに源蔵の意識は遠のいていった。


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